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伊藤亜紗「どもる体」書評 しゃべるメカニズムの不可思議

評者: 佐伯一麦 / 朝⽇新聞掲載:2018年08月04日
どもる体 (シリーズケアをひらく) 著者:伊藤 亜紗 出版社:医学書院 ジャンル:医学

ISBN: 9784260036368
発売⽇: 2018/05/28
サイズ: 21cm/255p

どもる体 [著]伊藤亜紗

 このひと月ほど手元に置き続けて、あまり意識してこなかった吃音がある自分の体を、本書を手がかりとして素直に探ってみながら読み進めた。
 吃音の代表的な症状には、「たまご」と言おうとして「たたたたたたまご」となる連発と、それを避けようとして、最初の「た」が出なくなり絶句する難発がある。まず著者は、パソコンになぞらえて、連発はキーボードを一度叩いただけで「たたたた……」と同じ文字がたくさん表示されるバグ、難発はキーボードをいくら叩いても反応しないフリーズととらえる。その絶妙な喩えに、身に覚えのある感覚が一気に言い当てられた思いとなった。
 吃音者は、しゃべろうとしたときに〈体のコントロールが外れた状態〉となるので、言葉と体の関係に意識的にならざるを得ない。どもらずに済む言葉に言い換えることがあり、頭の中に類語辞典や国語辞典を持つ必要もあるので、小説家に吃音者が多いのはそうした事情も関わっているかもしれない。その一人の村田喜代子氏は以前エッセーで〈原始時代に火山が噴火して、その時に驚いて「ウ、ウ、ウアァー」と叫んだ人間と、叫ばなかった人間がいたんじゃないか〉とユーモラスに記していた。
 8人の吃音者へのインタビューを元にした身体論としての吃音論である本書は、吃音を治すべき対象としては見ておらず、それに苦しんでいる者にとっては異論もあるかもしれない。だが、言葉ではなく肉体が伝わってしまう世界へ肉薄した分析と考察の先には、しゃべるメカニズムの多様さ、不可思議さとともに、〈「自分のもののようで自分のものではない」体〉をたずさえて生きる本来の人間の存在が見えてくる。
 何といっても、女の子の口から飛び出している女の子自身の小さな姿が描かれた表紙の絵が秀逸で、著者の体験を語ったあとがきも必読。長く付き合っていきたい本が座右に加わった。
    ◇
 いとう・あさ 1979年生まれ。東京工業大准教授(美学、現代アート)。『目の見えないアスリートの身体論』など。