2020年の東京パラリンピックから正式競技となるパラバドミントン。車いすと立位のカテゴリーがあり、それぞれの障がいや運動機能の状態によって六つのクラスに分かれている。競技のルールは一般のバドミントンとほぼ同じ。手に汗握る試合展開やプレーのスピード感も、一般に引けを取らない。日本は世界ランク上位の選手が多く、メダルが期待される競技のひとつでもある。
そのメダル候補のひとりが豊田まみ子さん。先天的に左ひじの下がない豊田さんは、立位の上肢障がいのSU5で世界ランク5位(2018年5月31日現在)の実力者だ。
豊田さんはコーチだったお母さんのもとで小学4年の時に初めてラケットを握った。中学からバドミントン部に入り、「もっとうまくなりたくて」地元福岡の強豪校に進学した。
「私以外の部員はみんな特待生。レベルの差が違いすぎて、最初は練習についていけないこともありました。でも顧問の先生が『トレーニングなら努力次第でみんなを抜かせる』と言ってくれたので、その言葉を信じて頑張ろうと思って。
トレーニングは主に走り込みです。坂道を何往復もする長距離走からタイヤ引きやうさぎ跳びまで。周りの人から『巨人の星』って言われるくらい(笑)、めちゃくちゃきつかったけど、トレーニングだけは負けたくなくて必死でした。長距離走は何回か1番になったこともあって、努力が形に見えてうれしかったですね。高校時代のこの経験があるから、今の自分があると言えます。それくらい、大事なことを学べた時間でした」
パラバドミントンと出会ったのも高校の時。先生に勧められて地元で行われた大会に出場したことがきっかけだそう。「それまでパラの存在を知らなかったけど、想像以上にレベルが高かったし面白いなと。それから一般の大会と両立してパラの大会にも出るようになったんです」
パラバドミントンはクラスによって、粘り強いラリーや駆け引き、速いフットワークなど、それぞれに見どころがあると、豊田さんはいう。「特徴の違う六つのクラスの試合を、同じ会場で観戦できるから面白いと思います。あとは、選手の年齢層が幅広いので、勢いや体力のある10代の選手と、経験豊富で試合運びが巧みな50代の選手が対戦することもあって、そういうカードを楽しめるのもパラならではの魅力です」
支えてくれる人がいたから強くなれた
大学2年だった2012年、豊田さんはパラバドミントンのアジア選手権に初めて出場した。まだ世界ランキング外の無名の存在だったが、「自分の実力を試すつもりで」リラックスして挑み、シングルスとダブルスでいきなり優勝。この大会が大きな転機となった。
「海外の大会がどんなものかすごくワクワクしていました。試合していても本当に楽しくて、この時に心から競技を楽しむことができたから、世界の中でこれからも戦いたい!という気持ちになれたんです。私と同じような腕や、違う障がいを持ったいろんな国の選手たちに会って、彼らのプレーを見て、パラバドミントンにもっと興味がわいたし、同時に自分はまだできると可能性も感じました」
翌年行われた世界選手権のシングルスでは、それまでずっと勝てなかった選手に決勝で競り勝ち、優勝した。でも実は豊田さん、この少し前まで、「初めてバドミントンをやめたいと思った」ほどのどん底にいた。
「世界選手権の前に行われた日本選手権で、『勝たなければ』というプレッシャーでガチガチになり、すべての試合に負けてしまって。ラケットを見たくなくなるくらい落ち込みました。なかなか練習を再開できずにいた時、コーチや家族、いろんな人が支えてくれて背中を押してくれて、それでまたコートに立つことができたんです。
世界選手権の決勝では苦しい場面の時に、支えてくれた方たちの顔が浮かんできて、それで今まで以上の力が出せたんだと思います。それまでの自分は、格上の選手に対して『勝てないだろう』とどこかで弱気になっていたけど、それも克服できた。すごく自信になったし、みんなのために勝ちたいという気持ちが強くなりました」
「素直さが選手としての強み」。豊田さんをそう評価するのは、二人三脚で東京パラリンピックを目指すコーチの米倉加奈子さん。「彼女の持ち味である攻撃力(スマッシュショット)を生かすために、今後はパワーとフィジカルを鍛えていきます。それがメダル獲得には不可欠です」
その強化のひとつとして、左腕の筋力トレーニングにいま取り組んでいる。
「自覚はなかったけど、左右で腕の重さが違うから遠心力で自然と体が流れてしまっていたんです。体をバランスよく使うために、左腕の使い方が重要になるとコーチと話しています。義手を使って肩の後ろを鍛えたり、友達のパラの選手が腕立てで上腕を鍛えたと言っていたので、それも参考にしながらいろいろ試してみようと思っています。ケガが多いのもあって、身体作りはこれからの大きな課題ですね」
コンディションを整えるために、週に1度のオフの過ごし方にも気を配るように。『るろうに剣心』などの好きな漫画を読んだり、大好きというナンとカレーを食べに行ったり、できるだけ競技から離れた時間を楽しんでいる。
「バドミントンのことばかり考えていると疲れちゃうので(笑)。息抜きを大事にしてメリハリをつけて、ケガをしないで2020年につなげたいですね。目標はやっぱり金メダル。メダルを獲ってパラスポーツ界を盛り上げたいし、お世話になった人への恩返しができれば。10月に行われるアジア大会では中国などの強い選手も出場するので、まずはそこで納得のいく結果を出せるように頑張りたいです」