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入江喜和「ゆりあ先生の赤い糸」 予想もしなかった夫の一面に衝撃

『ゆりあ先生の赤い糸』 [著]入江喜和

 人間、年をとるとたいていのことには驚かなくなる。人生あれもこれも経験済みで、多少腹も据わってくる。身の丈を知り、多くの断念の一方で心の余裕も手に入れ、それなりに安定した人生を過ごしているつもりの50歳。そんな主人公の存在感が、読み始めるなり自然にすっと伝わってきて、たちまち作品に引きこまれた。繊細であっさりとしたタッチで描かれる表情やことばから、複雑で豊かなニュアンスが伝わってくる。この著者ならではの魅力だ。
 自宅で刺繡(ししゅう)教室をこぢんまりと営みながら、夫と義母の3人で暮らす主人公の穏やかな日常は、しかし巻の後半に入り、思わぬ展開で大きくかき乱される。夫が突然病に倒れ、昏睡(こんすい)状態となってしまうのだ。しかもそれをきっかけに、予想もしなかった夫の一面が明らかになって、衝撃が走る。自分と夫を結びつけているもの、それはいったい何なのか?
 自分の人生、もう十分いろいろなことを経験してきた気がする。それでも、まだこんなことが起きるのか。動揺している自分と、それを冷静に見つめてしまう自分との間で揺れ動きながら、現実に向き合おうとする主人公の姿。次巻の展開が大いに気になる。=朝日新聞2018年8月18日掲載