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自由に書き、読む、忖度なく爽快

福永信が薦める文庫この新刊!

  1. 『江藤淳と大江健三郎 戦後日本の政治と文学』 小谷野敦著 ちくま文庫 1026円
  2. 『富士』 武田泰淳著 中公文庫 1512円
  3. 『ナンシー関の耳大全77 ザ・ベスト・オブ「小耳にはさもう」1993―2002』 ナンシー関著 武田砂鉄編 朝日文庫 799円

 (1)批評家と小説家のダブル伝記である。若くしてデビューした2人の人生を並走させる。膨大な文献を渉猟し、比べることで人物像がくっきりとあぶり出される。それが本書の凄(すご)さだが、腹を立てたり、哀(かな)しくなったり、伝記の書き手である著者がいちいち面白い。うるさいぐらいなのだが、読んでいて爽快だ。それは2人の文学への尊敬と落胆、その両方を隠さないから。妙な忖度(そんたく)がないからだ。著者は常に対等な視線で文学を見つめる。たとえ読者が、彼の見解に反発しても(たぶんあるだろう)、それ自体が本書の豊かな産物である。人は、遠慮なくものを考えていい。昨今忘れがちなそんな当たり前のことに貫かれているのが本書だ。

 (2)素材を容赦なく小説という形にぶち込む著者の大胆さを評し、盟友埴谷雄高は「武田式大鍋」と呼んだ。本書はそんな本領発揮の集大成。戦時下の、富士山麓(さんろく)の巨大な精神病院が舞台。とにかく皆おしゃべり。制限のある生活のはずが、言葉に関しては自由を手にしている。誰も遠慮してないのだ。「無存在の電話の、無存在のベルが鳴り、無存在の私が受話器をとりあげると、無存在の声が無存在の報告を私につたえた」の一文に顕著だが、著者も読者に遠慮しない。全体をたどるにはコツがいる(堀江敏幸の解説が助けになる)。ゆっくり味わうといいと思う。本書を貫く自由の問題は、皇族と国民の双方が生きる現代日本の俯瞰図(ふかんず)にもなっている。

 (3)消しゴム版画家&コラムニストの著者の週刊誌名物連載のベスト版。テレビに映っている者に対して言いたいことを言っているだけだが、それが素晴らしい。ただ「見る」のとは違う。尊敬と落胆の目でテレビを見つめ続けた。消しゴム版画の的確さは、しぶとい観察の結果だ。視聴者は見ていたものをすぐ忘れてしまう。簡単に丸め込まれてしまうが、著者は忘れない。テレビは見終わってからの方が、楽しい。そう気付かせてくれる驚愕(きょうがく)の読後感。しかし、どいつもこいつも変わってないんだなあ……。編者による解説「私たちの大切な公文書」も面白い。(小説家)=朝日新聞2018年9月8日掲載