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「巨人の箱庭 平壌ワンダーランド」書評 劇場都市と市民の変化を追う

評者: 椹木野衣 / 朝⽇新聞掲載:2018年09月22日
巨人の箱庭 平壌ワンダーランド 著者:荒巻 正行 出版社:駒草出版 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784909646057
発売⽇: 2018/08/31
サイズ: 22cm/272p

巨人の箱庭 平壌ワンダーランド [著]荒巻正行

 今年、日本で公開された映画「北朝鮮をロックした日 ライバッハ・デイ」を見て、拉致問題やミサイル発射とは別の角度から北朝鮮に関心を持った。2015年8月15日、祖国解放70周年の記念日に、海外からロック・バンドを招聘したのだ。それも、ナチスを彷彿させる軍服や攻撃的な言動で国際的に悪評ふんぷんのバンド、ライバッハをだ。
 映画は、空港に到着した直後から始まる数々の検閲を経て、次第にバンドが牙を抜かれ、まるで国営楽団のようになっていく様を生々しく記録している。しかし、なぜ首脳部がよりによってライバッハに白羽の矢を立てたのかは、最後までわからない。本書を手にして、その答えがおぼろげながら見えてきた。
 著者は北朝鮮の本質を、20年に及ぶ現地調査を通じて、国際関係論や国際政治学の視点からではなく、金日成、金正日、金正恩の3代にわたる「巨人」によって人工的に作り上げられてきた「箱庭」都市、平壌に焦点を絞って分析する。この巨大な箱庭は、地方から隔絶され、わずか一人の指導者を全権プロデューサーに据え、約250万の市民=劇団員によって運営される世界最大の「劇団平壌」と呼ぶべきものだ。かれらは建国の頃から思想動向や血筋調査を何重にも経て「選抜」され「たった一つのコンセプトに共鳴する人間だけ」でできている。
 ただし、そんな市民も代替わりする。ことに若い世代は、過去に流された血も知らぬまま、この箱庭=劇場都市を生来のものとし、文明の利器である携帯電話も使いこなす、世界に例を見ない「ニュータイプ」なのだという。
 実際、著者は2007年から平壌の女子高生によるロック・バンドのプロジェクトも手がけている。北朝鮮は今、私たちの紋切り型の先入見を置き去りにして、さらなる未来へと向けて急激に様変わりしつつあるのかもしれない。最新の写真、図版多数。
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 あらまき・まさゆき 1968年生まれ。東アジア学研究者、記録写真家。北京を拠点に北朝鮮の現地調査を続ける。