「あの小説をたべたい」は、好書好日編集部が小説に登場するごはんやおやつを料理し、食べることで、その物語のエッセンスを取り込み、小説の世界観を皆さんと共有する記録です。
今回は、2018年1月に刊行30周年を迎えた、吉本ばななさんの『キッチン』を取り上げます。日本だけでなく、各国で翻訳され、海外でも人気のロング・ベストセラーです。
表題の「キッチン」と「満月――キッチン2」「ムーンライト・シャドウ」の3つの短編からなる『キッチン』。最初の2編の物語はつながっており、最後の1編は登場人物も変わりますが、全てに共通しているのは“愛する人の死”を扱っているところ。いずれも、大切な人を失う悲しみと孤独、そこからの再生を描いた物語です。
「衝動」を食べる
『キッチン』を読んだほとんどの人が「これは食べてみたい!」と思ったであろう料理が「満月――キッチン2」に登場するカツ丼ではないでしょうか。
外観も異様においしそうだったが、食べてみると、これはすごい。すごいおいしさだった。
料理研究家のアシスタントをしている主人公のみかげが、取材のお供で伊豆に行った際に夜中にふらりと入ったお店で食べたカツ丼です。そのあまりのおいしさに、みかげは大切な存在である雄一の元へと衝動的にカツ丼を届けに向かいます。夜中に長距離をタクシーをすっ飛ばして。
カツの肉の質といい、だしの味といい、玉子と玉ねぎの煮え具合といい、 かために炊いたごはんの米といい、非の打ちどころがない。
ほどよい厚さの豚肉をカラッと揚げて、つゆだくのシズル感あふれるカツ丼をめざしました。半熟感の残る玉子をまといつつもサクッとした食感のカツと、だし香るつゆに浸かってもべちゃっとしないかためのごはん。この組み合わせは、まさに非の打ちどころがない、完璧なカツ丼でした。