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温かく切なく、介護の日々 書評家・吉田伸子

  • 阿川佐和子『ことことこーこ』(KADOKAWA)
  • 谷川直子『私が誰かわかりますか』(朝日新聞出版)
  • まさきとしか『玉瀬家、休業中。』(講談社)

 介護や老いをテーマにした小説は、読むと胸が詰まってしまうものが多い。例外は中島京子さんの『長いお別れ』ぐらいだったのだが、ここに来てもう一冊登場したのが、阿川佐和子さんの『ことことこーこ』である。『長いお別れ』では、認知症を患うのは父親だったが、『ことことこーこ』では、主人公こーこ(香子)の母親のことこ(琴子)である。
 結婚10年目にして離婚、実家に出戻ってきたこーこが、フードコーディネーターとして新たなスタートを切ろうと思っていた矢先、母親の認知症が発覚。仕事と介護、双方がこーこにのしかかってくることに。と、物語の輪郭をなぞっても、本書の良さは伝わらない。本書が素晴らしいのは、認知症の母親の介護を描きながらも、それがふうわりとユーモラスで、温(ぬく)もりに満ちているからだ。かつての母のレシピノートが、フードコーディネーターとしてのこーこの支えになっていく、というのもいい。
 谷川直子さんの『私が誰かわかりますか』は、昔からの風習が未(いま)だに色濃く残る地方社会で「長男の嫁」である女たちの“介護バトル”を描いた物語。実の親の介護でさえ大変なのに、義理の親の介護、しかも、それが“やって当たり前”のことだと、周りから無言の圧がかかるとしたら。
 彼女たちが向き合うことになる介護の日々は、綺麗事(きれいごと)ではすまなくて、リアルに切ない。けれど、物語はその日々の先に見えてくるもの、をも描き出していて、そこが胸に響いてくる。
 まさきとしかさんの『玉瀬家、休業中。』は、30年ぶりに一緒に暮らすことになった家族、という設定。長女・香波(かなみ)はイラストレーターの仕事に行き詰まり、次女・澪子(みおこ)は離婚し、出戻り。実家には、“巣食(すく)って”いるという表現がぴったりの長男・ノーリーもいて、物語は母親と子どもたちそれぞれのドラマを描いていく。
 “家族だから”という幻想を、飄々(ひょうひょう)と、ユーモラスに切り崩していく様が、読んでいて小気味よい。三年寝太郎のような、ぬうぼうとしたキャラのせいで、姉妹から軽んじられているノーリーだが、その実、彼の自由さ、何事もポジティブに受け止める姿は、ぐっとくる。
=朝日新聞2018年10月14日掲載