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現代に重なる、興福寺再建の願い 澤田瞳子さん「龍華記」

澤田瞳子さん

 奈良の興福寺で伽藍(がらん)の中心をなす中金堂が、江戸時代の1717年に火災で焼失してから約300年ぶりに再建された。作家、澤田瞳子さんの新刊「龍華記(りゅうかき)」(KADOKAWA)は、その落慶を記念して書かれた歴史小説。平安時代末期の興福寺を舞台に、平家による南都焼き討(う)ちと以後の復興を生々しく描く。

 平家が栄華を極める1180年。高貴な出自でありながら、武装し寺を守る悪僧として興福寺に身を置く範長(はんちょう)は、平家が南都の弱体化を狙って派遣してきた役人らを殺(あや)めてしまう。それが、南都に火を放たれるきっかけになるとも知らずに――。

 奈良時代の疫病をテーマにした前作「火定(かじょう)」(PHP研究所)など、「元々ずっと古代の小説を書いてきて、いつか中世をやりたいなと思っていた」と澤田さん。なかでも古代から中世への変革期に強い興味を持っていたという。

「いま歴史小説では幕末と戦国が人気じゃないですか。それは時代が終わって、時代が始まるときだからだと思うんです」。南都焼き討ちも、平家滅亡への潮目を変えた歴史の転換点。資料の少なさや扱いにくさから「この時代の小説は本当に書かれなくなりましたが、非常に面白い話がいっぱいある」と言う。

平家滅亡の転換点 生々しく

 本作は「平家物語」を下敷きにしながら、公家の日記や仏像にまつわる資料も参考にして執筆。興福寺の協力で、今月20日から一般参拝が始まった中金堂の、再建工事も見学した。「お寺の再建というと、ものすごい過去の話のように感じるけれど、いま現在も目の前で起こり得るんだなって。(現実と小説の)重なり感が面白かったです」
 範長の従弟で興福寺の再興に心血を注ぐ信円、焼かれた仏像の修復に奔走する仏師の運慶ら、登場人物たちがそれぞれの立場で抱える悩みや願いには、現代にも通じるところがある。だが、「当初から現代と重ねようという意識はないんです」と言う。

「ただ、ずっと歴史を研究してきて思うのは、奈良時代や平安時代の人たちも、感情面では我々と大差ない」。だから、歴史小説のなかで自身が書くキャラクターも、結果として現代の我々と変わらないものになるという。

「古代は論理的なはずがないとか、こんなに感情的じゃないとか思われるかたもいらっしゃるんですが、資料を読めば読むほど、私にはそういう風には思えません」とも。「古い時代を好んで書くのは、人間ってそんなに変わんないよって言いたいからかもしれませんね」(山崎聡)=朝日新聞2018年10月29日掲載