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「どこにでも神様」書評 スマホより神楽 若者が夢中に

評者: 宮田珠己 / 朝⽇新聞掲載:2018年11月03日
どこにでも神様 知られざる出雲世界をあるく 著者:野村 進 出版社:新潮社 ジャンル:紀行・旅行記

ISBN: 9784104445028
発売⽇: 2018/08/17
サイズ: 20cm/315p

どこにでも神様 知られざる出雲世界をあるく [著]野村進

 島根県江津市でたまたま見た石見神楽に、著者は衝撃を受ける。
 伝統芸能といえば老人の楽しみかと思いきや、若い男女や子どもが大勢見物に来ていたのだ。孫が率先して祖父母を連れてきたり、クリスマスプレゼントに神楽の面をねだる子どももいるという。さらに驚いたことには、演目が始まると、それまでスマホゲームに夢中だった中学生が舞台を食い入るように見つめて身じろぎもしなくなった。なんと、石見神楽はスマホにも勝つのである。
 それはもはや、われわれが考える伝統芸能の枠を超えていた。この驚きをきっかけに、著者は山陰、なかでも出雲という土地のもつ特異性を探りはじめる。
 妖怪で町おこしに成功した水木しげるロード、出雲大社の遷宮祭、縁結びの神様をめぐる女子たちの旅、全国の一宮を巡ったアメリカ人など本書はさまざまに話題を変奏させながら出雲の輪郭を描いていくが、神楽の話がやはり印象深い。
 石見神楽には伝統芸能につきものの〝若者離れ〟が見られないという。一般の高校生が音楽に憧れてバンドを組むように、仲間とともに独学で神楽を始める若者も少なくない。なかには「石見のジャニーズ」などと呼ばれアイドル扱いされる舞い手もいる。かと思えば、すでに現役を引退した六十代七十代の名手が、若いメンバーの間で語り継がれスーパースターになっていたりする。さらにはインターネットで見て感激し舞いを観にきたニューヨークのミュージシャンを受け入れともに舞ったりもする。この地では何やら珍しい事態が進行しているようだ。
 古くさいと思われていたものが、いつの間にか未来への流れの先頭に立っていると著者。
 果たしてそれが先頭なのか私にはわからない。けれど、東京にいるときには感じたことのない多幸感をいくたびも味わったという著者の言葉に、希望を感じずにはいられなかった。
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のむら・すすむ 1956年生まれ。ノンフィクションライター。拓殖大教授。著書に『千年、働いてきました』など。