今年の秋も、無花果(いちじく)の甘露煮にありつくことができた。秋分の日の頃になると、私の住む仙台市の青果店には、生食するには早い、まだ青みが残っている無花果が山盛りにして売られる。1キロ800円ほどのそれを、いつも2キロ買うが、今年は3キロ買った。熟しはじめたばかりの、赤みがわずかに差しているのを選ぶのがコツ。
私の生家の汲(く)み取り便所の裏には、無花果が生い茂っていた。秋になって、無花果の尻の部分が裂けて中の赤い果肉(それが花で、目立たないので漢字で無花果と書かれることになったと後で知った)が覗(のぞ)きはじめると、ブロック塀の上に座って、足をぶらぶらさせながらかじりついたものだ。大の好物と言うほどではないが、草野球に熱中して腹を空かせていた身にはなかなかうまかった。その無花果の木は、小学生の高学年のときに、水洗便所に替わったのを機に伐(き)られてしまった。
無花果が出てくる小説で思い出されるのが、仙台出身の真山青果が明治四十年に「新潮」に発表し、自然主義作家として認められた「南小泉村」。私の生家の一帯もかつては南小泉村と呼ばれており、中学生の時に読んだ小説の中にあった〈土地が湿る所為か無花果が好くそだつところである〉という箇所には、くすぐったいような親しさを覚えた。
東京で生まれ育った連れ合いは、ドライフルーツやパンに入っている無花果は前から好物だったが、甘露煮は食べたことがなく、20代半ばに草木染の修業で山形に来てからはじめて知り、好きになった。師匠の知人の家を訪れたときに出されて、黒ずんでいて見栄えもあまりよくないのでおずおずと食べてみると、思いのほか美味(おい)しいのに驚かされたという。
無花果を甘露煮にして食べるのは、この近県だけらしく、東北は寒さが早くやってくるので、熟する前の青いままで終わってしまう無花果も多く、未熟でも美味しく食べられ、おせち用に保存も利く調理法として、昔の人が考え出したということのようだ。
砂糖をかけた無花果を焦がさないように(最初は焦がしてしまった)、静かに、ころーりころーり、と実をころがしながら、鍋を上下、左右にときどきゆすりながらまんべんなく煮詰めていく。仕上げに、レモン汁をかけ回し、ブランデーをひと垂らしすると、洋酒にも合うなかなか上品な味となる。
この秋には、イギリスの友人宅に滞在する予定がある。その手土産に持参しようと、無花果の甘露煮を例年よりも多く作ることにした次第。=朝日新聞2018年11月3日掲載
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