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隣のパイナップル 澤田瞳子

 数年前から、植物を増やすことにはまっている。たとえば、喫茶店で頼んだアイスクリームに載っていたミント。友人の披露宴の後、その場の女性全員に渡されたミニブーケのヘデラ。そんな植物を水に挿して発芽させ、少し大きくしてから鉢植えに移す。その作業が好きなのだ。
 ただ残念ながら私は長期間の育成は不得手らしく、せっかく根付かせた鉢植えもだいたい半年ほどで枯らしてしまう。しかたがないので、今度はバーで出てきたモヒートの飾りのミントを持ち帰って水耕栽培する。自宅に置いておくとダメにすると分かっているので、ミント好きの友達に差し上げ、使ってもらう。そちらはまだまだ元気に増殖中とのことで、本当に私は「増やすこと」しかできないのだなと思っていた矢先、我が家の鉢植えが珍しく満一歳を迎えた。それは戯れに植えた、パイナップルだ。
 元は、果物屋で買った一個六八〇円のパイナップル。実を食べた後、「ヘタを植えると大きくなる」というインターネットの知識を元に育て始めたところ、たった一年で幅八〇センチ、高さ約一メートルの巨大な株に成長した。その姿はパイナップルの葉ばかりが生い茂り、観葉植物状態になっていると思っていただければ間違いないが、なにせ一枚一枚の葉が分厚く、長く、そして触ると痛い。あまりの大きさからもはや原価六八〇円と言っても誰も信じてくれず、拾った子犬がセントバーナード級の大型犬に育ったような気分にすらなっている。
 ただこの鉢植え、夏は庭に出しておけばよかったが、そろそろ家の中に入れてやらねばなるまい。かくして仕事部屋の日当たりのいい窓辺を片付けたところ、室内で眺めればそのボリュームは人間一人の坐(すわ)り嵩(かさ)と大差ない。たった一年でこの成長ぶりとなると、来年再来年はどうなるのか。ふむ、どうも私は間違いなく、「家族」を一人、増やしてしまったらしい。そういうわけで私は今、すぐ隣にいるパイナップルを眺めながら、彼女の将来について思いを馳(は)せている。=朝日新聞2018年11月5日掲載