ありえない男 ♯1
パーク・ロウにあるメトロポリタン矯正センター送りになるなど、この世の誰よりありえない男がいるとしたら、それはデニー・マローンだろう。
市長の名を挙げてもいい。合衆国大統領でも。ローマ法王でも――どちらかに賭けろと言われたら、ニューヨークの人間なら誰もが一級刑事デニス・ジョン・マローンよりさきに、市長や大統領や法王の姿を鉄格子の向こうに見るほうに賭けるだろう。
刑事のヒーロー。
刑事のヒーローの息子。
ニューヨーク市警で一番のエリート捜査班のヴェテラン部長刑事。
マンハッタン・ノース特捜部。
しかし、それよりなにより、彼は公になってはならないもののすべてがどこに隠されているのか知っている男だ。なぜなら、その半分はほかでもない彼自身が隠したものだからだ。
マローン、ルッソ、ビリー・オー、ビッグ・モンティ、それにほかのメンバーも加え、彼らは街をわがものとし、王のように支配していた。そこに住んで、まっとうな暮らしをしようとしている人々のために街を安全にし、安全にしつづけてきた。それが彼らの仕事だった。彼らの情熱であり、愛だった。その仕事がホームプレートのコーナーぎりぎりを突いて、さらにボールに何か細工することを意味するときには、そういうこともちょくちょくやってきた。
安全にはときにどんなコストがかかるのか、人々は知らない。知らないほうがいいからだ。知りたいと思うかもしれないし、知りたいと言うかもしれない。それでもやはり知ることはない。
マローンと彼の特捜部は市警のただのお巡りではなかった。マローンと彼の仲間は三万八千人いる市警のお巡りの一パーセントの中の一パーセントの中の一パーセントだった――誰より賢く、誰よりタフで、誰より機敏で、誰より勇敢で、誰より善良で、誰より悪辣なお巡りだった。
それがマンハッタン・ノース特捜部だった。
そんな彼ら“ダ・フォース”は、冷たく荒々しく容赦のない疾風のように市(まち)を吹き抜け、その勢いに任せて、通りや路地や公園や公営住宅のゴミや汚物をこそげ落とした。まさに略奪者たちを蹴散らす略奪の風だった。
強い風はどんな隙間にも吹き込む。公営住宅の階段にも、安アパートのヘロイン工場にも、社交クラブの奥の部屋(バックルーム)にも、成金のコンドミニアムにも、上流階級のペントハウスにも。コロンバス・サークルからヘンリー・ハドソン橋まで、リヴァーサイド・パークからハーレム川まで、ブロードウェイとアムステルダム・アヴェニューを北へ、レノックス・アヴェニューとセント・ニコラス・アヴェニューを南へ、アッパー・ウェストサイド、ハーレム、ワシントン・ハイツ、インウッドに広がる数字のつく通りで、ダ・フォースが知らない秘密があるとすれば、それはまだ囁かれたことのない秘密か、まだ誰も考えたことすらない秘密ということになる。
麻薬の取引き、銃の取引き、人身及び物資の非合法売買、レイプ、窃盗に暴行。そうした犯罪の卵が英語やスペイン語やフランス語やロシア語で孵化する。カラードグリーンを添えた鶏の蒸し煮や、ジャーク・ポークや、マリナラソースをかけたパスタや、あるいは五つ星レストランのグルメ向き料理が食べられる席で。利益のために罪から生まれたこの市(まち)では、犯罪の卵はそんなふうに孵化する。
ダ・フォースはそれらを一網打尽にする。特に銃と麻薬の取引きを。なぜなら銃は人を殺し、麻薬は人殺しを誘発するからだ。
そんなダ・フォースのマローンが監獄に囚われてしまったのだ。風はやんだ。しかし、誰もが知っていた。それは台風の目にはいったからであり、今はまさに嵐のまえの静けさであることを。