豪華なタッグが実現した。ロックバンド「クリープハイプ」のボーカル・ギターで、文筆活動にも意欲をみせる尾崎世界観さんと、恋の風景を繊細なタッチでとらえる千早茜(あかね)さん。この2人が、同居カップルの心の探り合いを濃密に描く『犬も食わない』(新潮社)を共作した。
「結婚か。どっちでも良いけれど、できればこのまま、難しく考えず、馬鹿でいたい」
「言ってくれればいいのに。なにもかもが言葉足らずだ。足らないと、あたしが言い過ぎてしまう」
尾崎さんが、廃棄物回収の作業員・大輔の視点で、千早さんが、大輔の3歳年上で20代後半の派遣秘書・福の視点で交互に書いた。「だめな男」と「めんどくさい女」。出会い方も互いの第一印象も、相性も良いとは言えない2人が、理解し合えない部分をぶつけあっていく。
尾崎さんは2年前、本名をタイトルにした初小説『祐介』を刊行し、エッセー集『苦渋100%』も好評。千早さんは「魚神(いおがみ)」で小説すばる新人賞を受けてデビューし、泉鏡花文学賞も受賞。『あとかた』『男ともだち』で直木賞候補に2度なった実力派だ。
2人は2年前、小説誌の対談で出会った。千早さんはもともと「クリープハイプ」の大ファン。自身の誕生日に偶然、尾崎さんが音楽番組に出演し、感激して号泣したほど。「作家になってくれて、同じ世界に入ってくれてうれしかった」
尾崎さんは、病気にかかり声が出にくくなるなかで、執筆を始めた。バンドが軌道に乗り、小説でも上を目指したくなったという。「自分の本を文芸のコーナーではなく、サブカルやタレントコーナーに置かれてしまうのが悔しくて。でもそれは、自分のレベルが達していないから。新しい目標ができたと思っています」
合わない価値観から生まれる何か 描いた
福編、大輔編の2話で1回とし、計6回を収めた。2人はいずれにも登場するため、1回ごとに打ち合わせをした。ギスギスした場面が多い本作は、ラップの技術を競う「MCバトル」がモチーフになった。2人は「価値観が合わないことから何かが生まれる、というようなものを描きたかった」と話す。
尾崎さんの描く大輔はある時、物を極力持たないミニマリストを「命を捨てろ」と罵倒する。「物語を進めていくのは、千早さんがしっかりやってくれると思った。自分の仕事は、人間のいびつな凹凸の部分を書いていくことだと。そこに賭けて、書きました」
千早さんは福を描くにあたり、女性特有の恋愛感情を意識したという。「相手とというより、まず自分の中で盛り上がって、失望して、また期待し、怒ってという自分の闘いなんですね。2人で話し合えばいいのに、考えて行き詰まってイライラして、結局けんかになる。そういうのを書きたいな、と」
書きたかったのは、普通のカップルの、ありふれた日々を切り取った物語だ。尾崎さんは「必ず、涙を流します」といった宣伝文句にうんざりしている人に読んでほしいと話す。
「余命は宣告されないし、事故もないし、記憶も失わない。正々堂々書きました。自分は平熱のような体温を持った作品を常に求めていて、千早さんの力を借りてそういうものが作れた。(読んだ後は)きっと、ふつうの生活や好きな人をいとおしくなると思う」と尾崎さん。千早さんも「どんなにありふれて見える恋愛や人間関係にも、他にはない輝きがきっとある。そういう世界を物語にできたと思う」と答えた。(宮田裕介)=朝日新聞2018年11月7日掲載