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南海キャンディーズ・山崎静代さんが語る絵本「このおに」に込めた想い

文:加賀直樹、写真:有村蓮

引退して最初に思った「絵を描きたい」

――最後のページまでを読み終えた時、寂寥感と、ぬくもりが同時に押し寄せ、震えました。そして見開きページいっぱいに広がる、鮮やかなアクリル画の絵。度肝を抜きます。この絵本を描こうと思ったのはいつ頃だったのですか。

 出版社と初めてお話をさせてもらったのは2016年の春ごろです。その前にマネージャーさんに、やりたいなと言っていたんです。「絵本を出したい」って。

――絵本自体は2冊目なのですね。絵本に描こうと思えるまで、梅津コーチの死に対する自分自身の気持ちが落ち着いた、ということでしょうか。

 ああ……そうですね。ボクシングをやっている間はもちろん、絵から離れていて。引退してから最初に思ったのが、「絵を描きたい」と。「じゃあ、何を描くか」って考えた時に、やっぱり梅津さんのことを、何かこう、形に。

――2007年、先輩芸人・ロバート山本博さんから薦められ、なんとなく始めたボクシング。トレーナーの梅津正彦さんと出会い、タレント活動を続けながらアマチュア女子ボクシング選手として練習にのめり込んでいったのですよね。JOCが発表した女子ボクシングの強化選考選手に選ばれ、本格的に五輪を目指すように。そんなさなか、梅津さんがメラノーマに冒されていることが判明し、梅津さんは闘病しながらボクシングの指導を続けたのち、2013年7月23日、入院先の病院で亡くなりました。

 自分のなかでずっと存在しているかたです。いろいろなかたにもっと知ってほしい、というのと、梅津さんを忘れないでほしいという気持ちがあって……、描きたいと思いました。

『このおに』(岩崎書店)より
『このおに』(岩崎書店)より

――ボクサー現役時は、絵から遠ざかっていたんですか?

 全然、絵を描くテンションではなかった。連日トレーニングで、いかにその合間で疲れを取るかということしか考えていなくて。気分転換で絵を描くという気にもならず、身体のケアということばっかり考えていました。

――梅津さんのご臨終の際には同席されたんですよね。

 そうですね。はい。

――当時の記事によると、翌日もずっと付き添っていた、と。

 はい。

梅津さんのことがホンットウに厭やった(笑)

――最期に立ち会ったその時の思いと、この絵本の中にある、練習の苦しみからようやく解放されたという思い。悲しみと自由の双方が心のなかで渦巻いた、のでしょうか。

 あ、いえいえ、この絵本のなかにある「自由だ」「解放された」って感覚はその時にはまったくなくて、絵本でこういう表現にしているだけです。

――あくまで絵本の表現上、ということなんですね。

 ずっと梅津さんと練習やらせてもらっていて。梅津さんのことが本当に、ホンットウに厭やったんです(笑)。それで「今日は来ない」ってなった時に「やった!」っていう解放感はありました。括りで言うとそっちですね。

――他の用事があるなどの理由で、コーチが今日の練習に来られない、と知った瞬間に味わう、解放感ということでしょうか。

 結構、がんじがらめな感じだった。自由にできない。見られているから、すごく力が入り過ぎる。ラクな気持ちでやらなあかんのに、ずっと力が入った状態で見られている。怒られないように怒られないように、みたいな意識でやっちゃっていたから。「いない時」のほうが自由な部分もあって。

 それ(梅津コーチの指導)があったから良かったんですけど、ただ私がそういうふうな意識になってしまっていたので、なんか。……うーん、やっぱりちょっと間違えた時点で怒られるみたいな。

――間違えた時点?

 ちょっと間違えるのも許されない。自分でこう、パンチを出す時にワンツーやりたくても、まず、最初で「これ駄目」ってストップさせられる。

――ああ、つまり、自分自身は、①、②とやりたいのに、①の時点でストップがかかってしまう。その先まで本当は見てほしいのに、前の時点で止められてガミガミ言われてしまう、ということですか。

 そうですね。すごく細かく教えてくださっていたんで。

――コーチ死去の2年後の2015年10月15日、ご自身も「体力の限界」を理由に現役引退されました。それは梅津さんの不在も大きな影響が?

 そうですね……、亡くなられてからもやるつもりだったし、頑張ってやっていたんですけど、でも、やっぱり梅津さんの存在が大きかったことに気が付いた。梅津さんがいないぶん、自分でやるしかないと思って、今まで言われていたことを全部、自分でつくり上げていかないとと思ってやっていたけど、やっぱり……。精神的にちょっと、こころが追い付いていかない感じになった。

 つらかったけど、あそこまで一緒になって、自分のことのように、私の身体を自分の身体のように考えてくれた。本当に、一体となって、というかそれぐらいでやってくれていたから、やれていたんだなって。ほかのトレーナーさんにも教わって、すごく良いトレーナーさんもいるんですけど、でもやっぱり、そこまでできなかったですね。

梅津さんが遺してくれた言葉を詰め込んだ

――絵本をつくり上げていくうえで、当時の練習の日々を振り返っていく作業になったと思うんですけど、気持ちの波のようなものは感じましたか。おそらく、走馬灯のように昔の記憶が思い浮かんだのかな、とか、拝読しながら思ったのですが。

 梅津さんが遺してくれた言葉、自分に響いた言葉をとにかく詰め込んでいきたい、というか。そういう作業だったので。

――たとえばどんな言葉でしょうか。私が胸を打たれたのは、「痛いのは生きているからなんだよ」。

 梅津さんは、病気になられてからは、亡くなるまで、生き方、生きざま、ボクシングだけじゃなく自分の生、死に対して立ち向かっている姿を、ずっと見せてくれたんですね。そこを(絵本に)入れたいな、という気持ちで、後で足したんです。

――もともと絵が好きで、小さい頃から絵を描いていたそうですね。つい最近、バラエティ番組「ゴッドタン」(テレビ東京系)でも「邪魔な芸人は片岡鶴太郎だ」なんておっしゃっていましたね。

 (笑)。「ゴッドタン」見てはるんですか。

――見てます、見てます。大好きです。「ボクシングの頃は絵から遠ざかっていた」とおっしゃっていましたが、もともとはお好きだったんですね。

 そうですね、子どもの頃は落書き程度ですけども。

――とにかく一度見たら忘れられないような、力強くてダイナミックな筆致。それでいて、しっかりと写実的なんですよね。強いパッションを感じます。

 インパクトがあるのがやっぱり一番好き。ドッカーンってパワーを感じる絵とか。綺麗な絵より、私はちょっとドロドロして、濃いパワーを感じる絵が好きです。しぜんとそういう絵を描いています。

最後のページは遺影の笑顔

――「ドスの効いた」絵ですよね。見開きいっぱい、はみ出るはずがないけれど、ページから何か出ちゃっているような印象。

 制作当初は文字だけでラフを描き、その後、見開きを使った構成などは編集者と相談して。あの、梅津さんを最初は本当の鬼で描いていたりしていた時もあったんです。

――そして、最後のページの絵が強い印象です。梅津コーチの笑顔ですね。描きながら、どんなことを思い浮かべたのですか。たとえば目尻の皺、柔和な表情ですよね。それまでの「練習の鬼」とは異なるような。

 これ、遺影なんです。遺影の写真を見て描きました。自宅でも、つねに目に入るところに置いている顔なんですけど、まあ、笑顔。

 私がボクシングやっている、それを梅津さんが見ている、っていうテレビ番組が当時あったんです。私をどんな目で見ているのかって言うのは、映像で見られたんですよ。その時の梅津コーチの目が印象的でしたね。

――どんな目だったのですか。

 ちょっときつい感じの、めちゃくちゃ真剣な目。私も自分のボクシングの映像、スパーリングとかミット打ちとか、めっちゃ真剣で、ちょっと「息止めているんじゃないか」みたいないうぐらい、普通にファーって楽しくテレビを見ているのとは違う感じになる時があるんですよね。それ、なんか、そういう、なんか感じで(梅津コーチも)見てはる感じがして。うーん、めちゃくちゃ真剣な目。他のことはまったく見えないというか、その身体の動き、集中というか。

――絵本にはちょっとした仕掛けもあって、梅津さんが書いたノートが最後の見返しいっぱいに躍っているんですよね。

 交換日記みたいな感じで書いていたんです。

『このおに』(岩崎書店)より
『このおに』(岩崎書店)より

――力強い文字が並んでいます。

「ドンくさい自分を認め、ドンくさい自分がどうおれば、自分より速く動ける相手に勝てるか?」
「長く長く長い道のりを、1年間で完走し切る覚悟」
「自分がトレーニングで養った勘を信じること」

――熱い言葉の応酬に、ぎっしりと思いが詰まっていますね。絵本だけれど、老若男女問わず、グッとくるものがあります。新境地ですね。

 梅津さんには感謝しかないです。感謝しかないんですけど、あの、勝手にこうやって梅津さんの顔を描かせてもらって、絵本にさせてもらったんですけど、梅津さんは出たがりの人やったから、「やめて」って絶対言わないと思う(笑)。目立ちたがり屋だから、きっと喜んでくれるんじゃないかなと思います。

――絵本作家として今後進みたいというお気持ちは。

 やらせてもらえるんだったら、やりたいなという気持ちですね。絵を描くの好きだし、絵本って面白いなっていう。

――「目指せ、鶴ちゃん」。

 あははは(笑)。

――強いメッセージ性があって、読み手の魂を揺さぶる。今後とも、たくさんの作品を世に出してほしいなと思いました。

 ありがとうございます。こうやって本にしていただけて嬉しいです。多くの人に、手に取ってもらえたらと思っています。