現代ポルトガル文学を代表する作家のひとり、ジョゼ・ルイス・ペイショットさんが11月に来日した。1974年生まれ。今夏刊行された『ガルヴェイアスの犬』(木下眞穂訳、新潮クレスト・ブックス、原書は2014年)で、ポルトガル語圏で最も権威のあるオセアノス賞を16年度に受賞した。
執筆時にまず「ガルヴェイアス」というタイトルを決めた。生まれ故郷の村の名前だ。ポルトガルでも知らない人が多い、人口千人ほどの小さな村だという。18歳までここで育った。
巨大な物体が爆音とともに村に落ちてきたある夜から、物語は始まる。犬は一斉にほえ、人々は跳び起きた。そして村中を硫黄の臭いが覆った。長く絶縁にあった兄を殺しに行くと決めたジュスティノ爺(じい)。便所で仕込んだ収穫物を夫の不倫相手に浴びせるローザ。異臭に包まれた村のあちこちで日常がゆがむ様を、一人一人のエピソードを積み重ねて描く。
登場するおびただしい数の村人には、みな名前が与えられている。名前を持たないのは「名のない物」と呼ばれる謎の巨大物体ぐらい。落下から数日経つと人々は臭いを忘れ始めるが、犬たちは「名のない物」を忘れない。「人間には謎でも、犬は知っている。ただ、彼らには説明できない。言葉にならないものをどう表現するか。作者が常に抱える問題であり、この作品の犬とも重なります」
硫黄に包まれた村人の顚末(てんまつ)は、悲惨なのにどれも滑稽だ。「初めて本を出した2000年ごろ、ポルトガルの経済は好調で希望に満ちており、その時代の私の小説はとてもダークでした。ここ数年、ポルトガルは経済危機で暗い時代が続いていますが、私の小説は逆に希望を表すものが多くなっている。どこかでバランスを取ろうとしているのでしょう」
28の言語に訳されているが、邦訳は本書が初めて。「日本語訳は私の夢でした。(訳者の)木下さんと出会って奇跡が起きた。作品を作り上げて一番達成感があるのは、違う言語に訳されるときだから」(中村真理子)=朝日新聞2018年12月5日掲載