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GHQが「洗脳」?実態は 賀茂道子さん、保守論壇「自虐史観植え付けた」説を史料で探る

賀茂道子さん=山本正樹撮影

 「ウォー・ギルト・(インフォメーション・)プログラム」という言葉が保守論壇で流行している。第2次世界大戦後の占領軍の計画で、日本人は洗脳され、自虐史観に塗り替えられたというのだ。その全体像を膨大な史料から探った著作が公刊された。本当に日本人は洗脳されたのか。研究の結果から著者は「洗脳されたとは思えない」という。

「体系的な施策ではなかった」

 著作は『ウォー・ギルト・プログラム――GHQ情報教育政策の実像』(法政大学出版局)。著者は賀茂道子・名城大学非常勤講師(日本政治外交史)だ。
 この言葉は、文芸評論家の故・江藤淳氏が1989年の『閉(とざ)された言語空間』(現在は文春文庫)で紹介した。GHQ(連合国軍総司令部)の文書から見つけた江藤氏は、「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」と表記した。現在の保守論壇はWGIPと略す。
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 代表的な施策が二つあったとされる。GHQの一部門CIE(民間情報教育局)が、日本では知られていない戦史をまとめて全国紙に掲載させた連載「太平洋戦争史」(45年12月、後に単行本化)と、そのラジオ版「真相はこうだ」(12月~翌年2月、週1回の30分放送)だ。
 江藤氏は、日本人が戦った「大東亜戦争」の意義が抹殺され、米国人が戦った「太平洋戦争」がはめ込まれて「歴史記述のパラダイム」が組み替えられたと主張した。また、極東国際軍事裁判(東京裁判)はもっとも大規模なプログラムであり、両者を一体化したものとみなした。賀茂氏の解釈では、江藤氏が把握したプログラムの目的は、侵略戦争という歴史観の日本人への植え付けだった。
 ただ、江藤氏が準拠した史料は「太平洋戦争史」から約2年後の48年2月のものだけで、プログラムの全容や客観的な効果は明らかになっていなかった。そもそも「ウォー・ギルト」に対する訳語も、論者の間で一定しない。賀茂氏は戦時期にさかのぼって史料を読み、5年半かけて論考を仕上げた。
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 「研究の動機は『これは何だろう。実態を知りたい』と思ったことです。調べていくと、施策を担当したのは戦中にビラなどで日本兵に投降を促す心理作戦を担い、日本への知識が深かった米国人でした。捕虜虐待などの残虐行為だけでなく、日本兵への非道な扱いも問題視していたとわかりました」
 そこから「ウォー・ギルト」を「戦争の有罪性」と定義し、CIEが侵略より残虐行為と敗戦の実態の提示に力点を置いていたと分析する。軍国主義者と天皇・国民の間にくさびを打ち込むことも目的だった。
 「もともとGHQの情報教育政策の一つですが、定まった名称の下で体系立てて実行されたものではありません。盛んに情報発信がされたのは前半の8カ月間で、後半は戦犯裁判(A級およびBC級)を正しく報道させるためのサポートに移っていきました。江藤さんがご覧になった文書は後半の途中で、日本人に東条英機賛美の動きが出たため、『新たな施策を行うべきだ』という勧告でした。しかし、提案された施策の大半は実行されなかった。この時点で最も力を入れていた情報教育政策は、民主主義思想の啓蒙(けいもう)です」
 「太平洋戦争史」では侵略という視点が重視されていないことや、「真相はこうだ」ではすでにA級戦犯として逮捕されていた広田弘毅元首相を評価していることなどから、プログラムの当初は46年5月開廷の東京裁判を見据えてはいなかった、というのが賀茂氏の見立てだ。
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 そこまで調べた上で、日本人への影響をどの程度と考えるか。「CIEが重視した捕虜虐待やマニラの虐殺を現在は知らない人が多いことからも、洗脳されたとは思わない」としながら、「それなりに影響はあった」とみる。
 「『太平洋戦争史』は日本の事情には触れず、米国の『(対日)宥和(ゆうわ)政策』という言葉を使うなど、あくまで米国視点の戦争史です。しかし、帰還兵が語った戦場での事実や、もともと国民が持っていた軍部への反感などから、おおむね受け入れられた。一方で、軍国主義者と天皇・国民を分離したため、軍国主義者がすべて悪いという国民の実感にお墨付きを与えた。戦争の総括ができずに戦後を過ごしたことが、現在の歴史認識問題につながっているのではないでしょうか」
 あらゆる歴史は複雑に入り組んでいるし、文学のような都合のよい物語でもない。学問としての歴史学の意義を思い知らされる。(編集委員・村山正司)=朝日新聞2018年12月5日掲載

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