痴漢やテロ事件などの犯罪対策として、近年は列車内にも監視カメラが設置され始めている。それがさらに進んで10年後の未来の大阪では、車内を三次元的にスキャンして丸ごと記録するシステムまでが環状線に導入された、という設定の物語だ。車内のできごとはすべて後から立体映像で再現して確認できるため、見えないところで密(ひそ)かに行われていた犯罪が見えるようになり、犯罪は激減。女性警官である主人公は、このシステムを使った痴漢捜査にあたっている。ところが彼女はある日、本来見えないはずのものまで、このシステムで可視化され、再現されてしまうことを知る。たとえば、妖魔やあやかしの類までもが――。
ミステリアスなアクションものの緊迫感の中で、骨太なSFドラマがぐいぐい進み、冒頭から引き込まれる。近未来のテクノロジーと、古来のあやかしとが、「見る」ことをめぐってぶつかりあい、予想外の展開に驚かされる。
本格派のSFの描き手として定評のある著者だが、本作では舞台が大阪なだけに登場人物たちのやりとりも軽妙で、重苦しくなりそうな空気を救ってくれる。著者の円熟味を感じさせる濃密なエンターテインメント作品だ。=朝日新聞2018年12月8日掲載
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