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福永信さんが薦める新刊文庫3冊 城と日本の切れない関係つづる

福永信が薦める文庫この新刊!

  1. 『わたしの城下町 天守閣からみえる戦後の日本』 木下直之著 ちくま学芸文庫 1512円
  2. 『自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」と叫ぶ人に訊(き)きたい』 森達也著 講談社文庫 950円
  3. 『リリース』 古谷田奈月著 光文社文庫 734円

 (1)城とは何か。明治に「無用の長物」になったはずが、昭和の時代に築城ブームが起こる。エレベーターが付けられ、展望台が設けられ、コンクリートで頑丈に固められて、観光名所という新たな役割を請け負った(ちょっとくらい本物の城と違っていてもいいというユルさも時に伴って)。平成にも「ふるさと創生資金」の1億円が背中を押した。そして今なお「再建」され続けている。そんな城と今、この日本との、切っても切れない関係を本書は綴(つづ)る。これまでの思い込み、立派な城のイメージがガラガラと崩れ出す。著者は昔の「見世物(みせもの)」に美術の原点を見いだしたり、公共の場に陣取る男性裸体彫刻を論じたり、アートの歴史の死角に光を当ててきた。本書でも歴史の盲点を突くその姿勢は健在だ。思わず笑ってしまう、軽快なタッチの文章も魅力。

 (2)国とは何か。スリッパの重ね方、警官からの職質の不条理、憲法9条という「誇り高き痩せ我慢」など様々なトピックが、必ず日本という国へとたどり着く。どこからでも国とは何か、問う入り口はある。誰でも考えることができる。考え続けなければどんな事件も出来事も、忘れ去られてしまう。そんな思いが本書には充満している(題名にも表れている)。著者はドキュメンタリー映画の現場から10年間ほど離れていたが、その間、文章を書きまくった。本書にはその時期のものも含まれる。彼自身のドキュメンタリーにもなっている。

 (3)は小説。国が主導してあらゆる性差別が放逐された。男性優位の世界観は過去のものとなり、技術の発達が生殖からの「解放」も実現した。何もかもバラ色になったはずの未来に響き続ける不協和音。その音は、差別がギッシリと詰まっている今、この世界を生きる我々読者に届く。これまで思ったことすらないことを、登場人物の心を借りて、当然のように読んでいく面白さ。得体(えたい)の知れぬ相手と格闘し続けるサスペンス。小説とは何か。その答えがギッシリ詰まっている。解説も良質。著者の文学史上の立ち位置を整理し、読者の参考になる。=朝日新聞2018年12月8日掲載