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インドの出版社・タラブックスに学ぶ、多様性との向き合い方とはたらき方

文:岩本恵美

ハンドメイド本は偶然の産物だった

タラブックス初のハンドメイド本となった『はらぺこライオン』
タラブックス初のハンドメイド本となった『はらぺこライオン』

 タラブックスの名を世界に知らしめたハンドメイドの絵本。手すきの紙にシルクスクリーンで印刷し、手作業で製本した絵本は、本というメディアを超え、一つのアート作品のようです。日本でも『夜の木』をはじめ、ハンドメイドの本で有名ですが、実はハンドメイド本はタラブックスが製作する本のうち、2割にしかすぎません。

 もともと「ハンドメイド本をつくろう」として始めたわけではなく、ブックフェア用にシルクスクリーンで印刷したサンプル2ページを商談先が気に入り、全ページをシルクスクリーンで印刷することになったのが、ことの始まりだったそう。『はらぺこライオン』という絵本を8,000部も手づくりしなくてはいけないという、途方に暮れるような注文を前に最初からできないと決めつけないところが、タラブックスのすごいところです。印刷工房や友人知人らの協力のもと、作業に取り組み、およそ9ヶ月で8,000部ものハンドメイド本を完成させました。

考え抜かれた本の形

 展覧会タイトルにもあるように、ハンドメイド本をはじめ、タラブックスのこれまでの活動にはさまざまな「挑戦」がありました。

 その一つが、本の形です。デジタル時代の現代に、モノとしての本だからこそできる表現をしようと試みました。

 タラブックスでは本の内容や伝えたいことに応じて、それにふさわしい形を考えます。絵や言葉と同様に、本のフォルムにも意味があると考えているのです。何も本というものは紙の束を綴じたものだけではない。私たちの凝り固まった固定概念を解きほぐし、本が持つ可能性に気づかせてくれます。

 たとえば、板橋区立美術館でのワークショップから生まれた日本人作家との共作『くまさんどこかな?』もその一つ。なくしたクマのぬいぐるみを探しに、女の子が自分の家を飛び出してご近所を訪ねまわります。面白いのが、ページをめくる動きが横だけでなく上下もあるところ。女の子がさまざまな部屋を訪ねていく様子とページをパタパタとめくる動きがリンクして、あちこちを必死になって探していることが伝わってきます。最終的には全てのページが展開され、女の子の行動範囲に三次元的な広がりを感じさせる本の形になっています。

タカハシカオリ『くまさんどこかな?』は、パタパタと絵本を展開していくユニークな絵本
タカハシカオリ『くまさんどこかな?』は、パタパタと絵本を展開していくユニークな絵本

インドらしい本を。民俗画家たちとの協働

 また別の「挑戦」として、2001年からタラブックスはそれまでインド国内でもあまり注目されることがなかった民俗画家たちと一緒に本をつくってきました。

 タラブックスを始めたばかりのころ、代表のギータ・ウォルフとV・ギータはこんな話をしていたそうです。

「どうして私たちが読むのは外国の本ばかりなのかしら」

 こうした思いから子どもの本にインドらしさを盛り込もうと考えて目を向けたのが、民俗画家たちでした。

 タラブックスを一躍有名にした『夜の木』も、インド中央部で暮らすゴンド族のアーティストたちとともに手がけた作品です。

 民俗画家たちが受け継ぐ伝統に、本の形をインスパイアされたものもあります。インド東部の西ベンガル州では、「ポトゥア(絵巻物師)」と呼ばれる人々が民話や叙事詩、歴史などを縦長の絵巻物に描いて語る伝統文化が残っています。彼らの絵巻物を絵本にしようと試みたのが、南インドで起きた津波をテーマにした『つなみ』です。じゃばら折りにすることで、ポトゥアの力強い絵の迫力を損なうことなく、津波の恐ろしさを伝えています。

ポトゥ(絵巻物)をじゃばら折りにして絵本にした『つなみ』
ポトゥ(絵巻物)をじゃばら折りにして絵本にした『つなみ』

多様な文化や価値観との向き合い方

 無数の少数民族がいるインドでは、政府が認定するだけでもその数はおよそ460。彼らには、それぞれの文化や歴史、価値観があり、代々受け継がれてきた民俗芸術があります。

ポトゥ(絵巻物)を手に物語を伝える語り手
ポトゥ(絵巻物)を手に物語を伝える語り手

 彼らと向き合う際、タラブックスが大事にしているのが「対話」です。現地調査やワークショップ、そして彼らと直接の対話を通して本づくりを行ってきました。V・ギータはこう話しています。

 「対話のできる人間として接し、彼らの考え方を尊重します。私たちの考え方とは違うかもしれませんし、同じような生き方をしたり、受け入れたりはできないかもしれませんが、同等に価値のある世界観だと思うからです」(図録収録「ギータ・ウォルフとV・ギータへのロングインタビュー」より)

 これは何もインドの少数民族に限ったことではないはずです。私たちはとかく、自分と違うものを恐れたり、排除したりしがちですが、タラブックスのように当事者の声に耳を傾け、相手のことを知る努力を果たして十分にしているのか。このことは、性別や障害、性的志向などさまざまな場面で多様性が叫ばれる現代で、これまで出会ったことがないような人と出会った時に自問し続けるべきことのような気がしてなりません。

小さな組織であり続けること

 タラブックスのさまざまな「挑戦」の中でも、特筆すべきは“小さく”あり続けていることです。タラブックスは印刷工房の職人たちも含めて、40人ほどの小さな組織。タラブックスを立ち上げてから20年以上、国際的にも高い評価を得ているのなら、単純にもっと大きな組織にしてたくさんの本を出す方がビジネスとしてはいいのではないかと思いますが、彼女たちの考えは違います。意図的に小さくあることを選び、各プロジェクトも少人数で取り組むという体制を貫いてきました。会場内で流れていたインタビュー映像で二人はこう語っています。

 「小さい組織では、意思決定にしっかり関われるし、すべての部門がうまく連動しているという感覚を持てます」(ギータ・ウォルフ)

 「近代化したり急成長させると、顔の見える人間関係がなくなります」(V・ギータ)

 タラブックスで働くすべての人に気を配り、一人ひとりとコミュニケーションができる環境を維持していこうという二人。

 さらにV・ギータは言います。

 「私たちは、完全に納得できる仕事しかしないんです。売れるから、成功できるから、という仕事の仕方はしません。安易な道は選ばないのです。自分に問いかけるんです。『これをやりたいのか、これはいいことなのか』」

タラブックス代表の二人。左がV・ギータ、右がギータ・ウォルフ
タラブックス代表の二人。左がV・ギータ、右がギータ・ウォルフ

 彼女たちが優秀な経営者であるのは、従業員のモチベーションコントロールにもあります。ギータ・ウォルフの言葉が印象的でした。

 「やる気というのは当事者感覚があるかどうかで決まります。ここは私たちの場所なんだと感じてもらうんです。何か大きなものの一員であり、大きなものに貢献しているんだと感じてもらうこと」

 組織としては小さくても、一人ひとりの仕事に対する意識が高ければ、すばらしいものを生み出せる。それを体現しているのが、タラブックスなのでしょう。

 本づくりにおいては実績を積んできたタラブックスですが、つくった本を読者の手元に届けることについては「まだまだ」と二人は言います。そして、それまで考えもしなかった物事の見方や考え方を共有できる本をもっと多くの人たちに届けることが、自分たちの使命でもある、と。これからもタラブックスの「挑戦」は続きます。