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「筋トレは究極の自己改造」 般若が語る筋トレとヒップホップのポジティヴなリレーション

文:宮崎敬太、写真:佐々木孝憲

ヒップホップと筋トレはめちゃくちゃ合う

ーーこの作品は般若さんのアルバムと書籍が一体になっていますが、制作は具体的にどのように進めたんですか?

 企画を立てたのはTestosteroneです。最初に聞いた時は、すごく尖った企画だと思いましたね。彼の中には最初からすごく明確なイメージがあったんですよ。まず僕が楽曲を制作する。そこから本の内容を精査し、対談やインタビューに参加してもらうアスリートの方たちを選びました。

ーーアルバム「IRON SPIRIT」はジムに行く前、筋トレ中、筋トレ終了後という3部構成ですね。

 この構成はTestosteroneが考えてくれたんですが、正直僕でも思いつきませんでしたね。制作スケジュールはすごくタイトでしたが、事前に構成が決まっていた分スムーズに進めることができたと思います。

ーー最初にTestosteroneさんから本書のオファーを聞いた時はどのように思いましたか?

 実は僕、この10年間トレーニング漬けだったんですよ。そしたらいろんな人たちから「本業はミュージシャンなのに、なんで般若は筋トレばっかやってんだ?」みたいなあたたかい陰口をかなりいただいてたんですね(笑)。でも自分的には「はっ?」って感じで。だってヒップホップと筋トレはめちゃくちゃ合うから。それをようやく形にできたのはすごく嬉しい。「IRON SPIRIT」には俺しか言えない言葉が詰まってますからね。

ーーあたたかい陰口ですか(笑)。その辺りの心境はアルバムの中の曲「オレの前に来て言え」に落とし込まれてるんですか?

 新しいことをやろうとするといろいろ言われるんですよ。人前に出る商売だから、そこは仕方ないのかもしれないけど。でも実際に僕の前に来て直接言うやつ、いや言ってくる人は、あまり、というか一人もいなかった。僕はキャリアのある段階から、今のヒップホップ業界を変えたいと思ってたんですよ。不良、薬物、酒みたいなトピックはもう古い。そんな時代はとっくに終わってる。僕はそういうヒップホップを推奨しません。ぶっ飛びたいなら、ヒップホップ聴きながら筋トレすればいいんですよ。そしたら合法的にめちゃくちゃぶっ飛べるんで。

筋肉は嘘つかない

ーー般若さんはなぜトレーニングを始めたんですか?

 最初はライヴパフォーマンスの精度を上げることが目的でした。でも今は良いメンタルをキープするためにやってます。はっきり言ってトレーニングなんてツラさしかない。けど人生で難しい場面に直面した時、トレーニングのツラさを思い出すんです。そうすると、大抵のことは乗り越えられる。本当にちょっとした考え方の転換なんですけどね。

ーー確かにアルバムは「ジムに行くのがしんどい」というネガティヴな気持ちを歌った「黙ってやれ」からスタートしますね。

 みんなは僕らがただ喜んで筋トレしてると思ってるかもしれないけど、全然そんなことはなくて。雨が降ってたりすると「今日はジムに行きたくないな」って思うんですよ。でもそういう時に僕はこう考えます。「行かなかったらどうなる?」と。答えは後悔。ジムに行ってる人なら、みんな共感できると思う。僕はもともとが弱い人間なので、ジムに行かないという選択肢を自ら消していくしかないんですよ。

ーーなぜ後悔するんですか?

 筋肉は嘘つかないからです。サボると弱くなるし、頑張ると強くなる。

ーーラグビー日本代表主将のリーチ・マイケルさんは、本書のインタヴューで「神に誓うな、己に誓え」と語っていましたね。

 リーチ・マイケルさんのレベルじゃないとそんなこと言えないですけどね(笑)。でも面白いのが、違う職業の人間たちがトレーニングというキーワードでつながって、しかもみんな同じような境地に到達してたんですよ。みんな「自分が一番すごい」とは誰も思ってない。敵は自分。人間はつい周りの評価を気にしがちだけど、本質的にはそうではない。筋トレは続けることで肉体はもちろん精神も鍛えることができる。自分と向き合わなくてはならないから。僕は究極の自己改造だと思ってます。

大事なのは続けること。ガチガチに気負わず逃げ道を作って

ーーこれは僕自身にも言えることですが、トレーニングをやっても続かないんですよね。そういう人はどうすれば良いと思いますか?

 簡単ですよ。「黙ってやれ」です。

【Official Video】般若 / 黙ってやれ [Dir. BABEL LABEL / Prod. SPACE DUST CLUB] (P)(C)2018 昭和レコード

ーー……。でもすぐに結果が出るわけじゃないし、食事制限とかもなかなかできないし。

 もちろん気持ちはわかります。でもトレーニングって時間がかかる作業なんですよ。みんなすぐ結果を求めるけど、大事なのは続けられる環境を作ること。最初からガチガチに気負うのではなく、例えばまずは1日30分だけでもいい。それを週3回とか。とにかく続けることが大事。あとみんな僕のことをストイックな人間だと思っているみたいだけど、全然そんなことなくて。逃げ道をたくさん作ってます。ラーメンも甘いものも食べるし。その代わり、食べたら翌日はちょっと多めにトレーニングします。それくらいの緩さでいい。じゃないと続けられませんよ。

ーーなるほど。できるところから。そして続けること。そもそもいきなり高負荷をかけたら体が持ちませんしね。

 うん。僕も気負いすぎて失敗したことあるんですよ。いきなり100kgのベンチプレスを挙げられるやつなんていませんから。トレーニングはちょっとずつコツコツとやるものなんです。でも面白いのが、例えば今日からトレーニングを始めたとするじゃないですか? 3カ月くらい続けると、人から「体変わったね?」って言われるんですよ。だいたいの人はそこでスイッチが入る。矛盾してるかもしれないけど、他人に変化を気づいてもらえるのは最初の快感なんです。それで1年くらい続けると、別のものが見えてくる。それが自分との対話なんです。

ーーちなみに般若さんにとって今までで一番辛かったトレーニングはどんなものでしたか?

 いま自分をサポートしてくれているジム・HALEO DAIKANYAMAに初めて遊びに行った時ですね。PRIDEの元ウェルター級王者の三崎和雄さんが「遊びに来なよ」と誘ってくれたんです。あのジムには必要最低限のトレーニングマシンしかなくて。そこで自分がどこまでやれるか試されてる気がしたんです。あの日は本当にキツかった。でもそこで行かないことではなく、通うことを選択したことで自分の中でも何かが変わったような気がします。自分の根っこにあるのは根性論なんですよ。それは子供の頃にいじめられっ子だったことが関係してる。その辺の詳しい経緯は自伝『何者でもない』のほうに書いたので、興味のある方はそちらを読んでください。ちなみに「IRON SPIRIT」のジャケット写真もHALEOで撮ってます。すごい顔しているでしょ? これはバトルロープという全身の筋肉を使うトレーニングをしています。ある人に「めちゃくちゃ笑ってるね」と言われたんですが、そうじゃなくてキツすぎてこういう顔になっちゃってるんです。

このアルバムと本で、まず何かをやる気になって欲しい

ーー本作のテーマはいわゆる「筋肉」ですが、書かれてることは「人生」に置き換えることもできると思いました。

 うん、そこが狙いなんです。「IRON SPIRIT」はトレーニングをテーマにしたコンセプトアルバムではあるんですけど、ヤンハス(YOUNG HASTLE)くんの「Workout (Remix)」(初出はYOUNG HASTLEの「This Is My Hustle Remix」)以外ではいわゆる筋トレの専門用語を使ってないんですよ。例えばベンチプレスを何キロ上げろとか、こういう種目をやれとか。僕がそういう曲を作るのは違うと思ったから。必要なのは、筋トレの具体的な指示ではなく、自分を後押ししてくれるような言葉。このアルバムと本を読んで、まず何かをやる気になって欲しかったんです。

ーー自分が何をしたいか知るためには、自分と向き合う必要がありますしね。

 筋トレはそういう人たちにもおすすめなんですよ。トレーニング中は自分と向き合うことになるし、やってると単純に前向きになれる。実際ジムにも普通のビジネスマンの方たちはたくさんいて。僕はステージのためにトレーニングをしているけど、いわゆるビジネスマンの方たちは僕みたいに鍛える必要なんてない。でもみんな僕よりも腕が太い。「その筋肉はどの場面で必要になるのかな?」って思うこともある。でもみんな自分で自分のモチベーションを上げているんですよ。そういう人たちを見ると、自分も頑張らなきゃと思うし、同時に尊敬もしますね。

ーーそうか、みんな多かれ少なかれツラさや弱さを持っているけど、それぞれがいろんな方法で自分を鼓舞しているわけですね。筋トレはその一つにすぎない、と。

 本当にそう。僕なんてもともとは本当にガリガリで、しかも20代は不摂生極まりない生活をしてた。欠陥商品みたいな人間ですよ。「自分が完璧だ」なんて一度も思ったことない。結局「黙ってやれ」だし、「大丈夫」だし、「ワンモアレップ」なんですよね。

ーー「ワンモアレップ」は、筋トレの最後の一回を上げるツラさ、そしてそれを乗り越えることの重要性を歌った曲ですね。

 うん。「ここで諦めたら / やったセット意味ない」ってね。これは今の僕らだから言えたこと。でも本当に極端なことを言えば、筋肉はただのきっかけでしかなくて。みんなが希望を持って生きてくれるなら、僕はそれが一番だと思っているんですよ。