ソロ曲「Meimetsu」のイメージは、日常と非日常がチカチカ見え隠れする感覚
TONANはISSAC、BUSHMINDの3人からなるヒップホップグループ・ROCKASENのメンバー。彼らの特徴は、ヒップホップをベースに、テクノ、ハウス、エレクトロニカといったさまざまなダンスミュージックの要素を取り入れていること。彼らのサウンドはオリジナリティが高く、日本でも類を見ない。ROCKASENが頭角を現した2000年代半ばごろは、ヒップホップ、パンク、ハウス、テクノなどさまざまな音楽が混在したボーダレスなパーティが各地で開催され話題になっていた時期だった。
「いろんな音楽に触れるようになったのは、千葉のWHITE HEAD EAGLEという洋服屋さんでバイトしたことが大きいです。そのお店は地元のカルチャーの中心にいるような人たちが夜な夜な集まってくるような場所でした。『Future Terror』というパーティがまさにそれで。ジャンルの枠に収まり切らない程、多種多様な人たちで形成されていく当時のパーティの空気に強い衝撃を受けました。
それ以前は、ヒップホップに変な拘りを持って活動していました。けど、そういった環境での遊びや出会いを通して、いい意味で拘りに対する力みが抜けた。以前、インタビューでBUSHMINDが『ヒップホップをやってるというより、ヒップホップを使って音楽をやってるところが、ROCKASENの最大の個性』と言っていたんですが、その言葉に全てが集約されていると思います」
そんなTONANが初のソロ曲「Meimetsu feat. Kuro(TAMTAM)」を発表した。
「17年の2ndアルバムリリース後に相方であるISSACがソロ楽曲の制作をスタートしたので、自分もやらなきゃまずいなというのがソロプロジェクトをスタートした正直なきっかけです(笑)。そんな折にGradis Niceが作ったこのビートに出会いました。ちょうどその頃、TAMTAMというダブバンドに個人的に夢中になっていて、いつか曲を作りたいなと妄想していたんですが、このビートを聴いた瞬間、『これだ‼』と確信してヴォーカルのKuroさんのインスタにDMしてしまいました(笑)。そしたらすぐに返信がきて、トントン拍子に話が進みました。日常と非日常の相反する時間が行き来する切なさが楽曲のテーマだったのですが、自分のリリックに対するKuroさんからのアンサーに『Meimetsu(明滅)』というタイトルが添えられていて、意味を調べるとテーマにぴったりだったので、そのまま曲名にしました」
独自発展という面では、日本におけるサボテンとヒップホップは通じる
そんなTONANが持って来てくれたのは、彼の趣味だというサボテンに関する書籍だった。
「興味を持ったきっかけは本当に大したことじゃなくて。数年前、今の住居に引っ越した際に部屋に緑が欲しいと思ったんです。サボテンは毎日水をあげなくてもいいと聞いたことがあったから、何の気無しにネットで調べ始めたんですよ。そしたら、比較的近所にグランカクタスというサボテンの直売所があって。そこでものすごい衝撃を受けたんです。ビニールハウスが複数棟あるんですが、どのハウスも数え切れないほどの膨大な量のサボテンや多肉植物が所狭しと並んでいて。品種は書いてあっても値段が書いていなかったり、その逆もあったり(笑)。一見同じように見えるサボテンも名前が異なっていたりして。イメージしていたような普通の園芸店と全く別物でした(笑)。
完全に異空間にいるようでした。最初はその雰囲気に圧倒されちゃいましたね。ある程度、予備知識がないと駄目だな、と。そこから自分でいろいろ調べて、ほぼ毎週末グランカクタスに通うようになりました」
最初に紹介してくれたのは「Grafted: Plants by Kohei Oda & Pots by Adam Silverman」という洋書。アメリカの陶芸家アダム・シルバーマンと、広島で植物店「叢 - Qusamura」を営む小田康平がコラボして制作した写真集だ。
「これはサボテンに興味を持ち出した頃にネットで見つけた本です。タイトルの『Grafted』は『接ぎ木』って意味で、この写真集に出てくるサボテンは、全て成長スピードを速める為に台木となる異なる品種のサボテンに人間の手によって接がれたものです。アダムの陶器にマッチするような形状のサボテンがチョイスされているので、とにかく異形なものばかり。サボテンの品種・品質云々は置いといて、この特異なフォルムに惹かれて購入した所謂ジャケ買いです。形から入るタイプなので入門編として、これはちょうど良かった。まさにスタイルウォーズだなと(笑)。
最初は『Grafted』に載っているような変わった形のサボテンばかり探していたのですが、そのうちヴィジュアル的な側面よりも品種や生態について知りたくなって。そこで一番お世話になったのがこの『原色サボテン事典』という本。これは近所の公園の図書コーナーで見つけました。1997年くらいに出てるんですけど、網羅性という意味ではこれが最強です。そしたら著者の方が偶然にもグランカクタスのオーナーさんだったという(笑)」
『原色サボテン事典』はまさに事典。TONANは公園の図書コーナーでこの本を少しずつ見ながらサボテンへの理解を深めていった。すると、今度はサボテンのルーツを探求したくなってきたという。それが次に紹介してくれた『にっぽんの伝統園藝 vol.2』だった。
「これには日本おけるサボテンの歴史と、全国の著名な育種家さんたちのインタビューが載っています。サボテンが日本に最初に入ってきたのは300年前、ポルトガルやスペインの商船から伝えられたとされています。
サボテンはもともと朝晩の温度差が激しい砂漠のような場所で育ってきた植物なので、当時日本で繁殖させるのはかなり難しかったみたい。入ってくる個体数も少なかったようだし。けど、もともと日本には植物を嗜むカルチャーが根付いていたので、当時貴重品だったサボテンを手に入れる事ができる一部の愛好家によって、トライ&エラーが繰り返され、栽培方法などが確立されていきました。更により美しいサボテンを作出する為に、何度も交配を繰り返し、日本独自に進化していった品種もたくさんある。そんなことを繰り返していたら、いつしか世界を代表するサボテン大国となりました。
日本になかったものを独自に発展させて一つのカルチャーとして確立していく様は、日本におけるヒップホップをはじめとする異国カルチャーの在り方にも通じると思うんですよ。また、交配についても一般的に良いとされる個体同士をかけ合せても決して良い個体が生まるわけではないというセオリーのなさは、音楽における楽曲作りにもリンクすると思うので、その辺も勉強になってます(笑)」
本場のシーンを知って、日本のヤバさに改めて気づく
さらにTONANの目は海外のサボテンにも向けられる。そして『Xerophile』と『サボテン全書 All about CACTUS』という2冊の分厚い本を紹介してくれた。
「今度は音楽と一緒で本場のシーンが気になってしまって……(笑)。ちょうどその頃入手したのが『Xerophile』という写真集。LAにあるCACTUS STOREというサボテン屋さんが出版した写真集で、過去80年間にわたりメキシコなどの自生地で撮影された膨大な量の貴重な写真を集めて作られた本です。
ほとんど地面に埋まった状態だったり、湿気の多そうな海岸の近くに生息しているなど予想に反した本来の生態を知ったと同時に、これらの現地の個体と全くの別物のように進化している日本のサボテンはニュースクールなんだなと感心しました(笑)。本場を知って日本のサボテンシーンのやばさに改めて思い知らされましたというか。
そのうち、日本のサボテンシーンを取り巻く近隣諸国の動向が気になってしまって。いろいろと調べていくと、他のカルチャー同様にサボテンにおいても技術やレア品種が中国をはじめとするアジア諸国に流出しているようなんです。日本人が作るものは品質が良いみたいで高値で取引されているとか。特にタイなんかは温暖な気候も相まって、兜といわれる品種の改良が盛んに行われていて、もう日本では作れないレベルまで到達してしまっているみたいなんですよ。ニューウェーブ到来だなと(笑)。この『サボテン全書 All about CACTUS』はそんなタイの著名な栽培家さんが出版した本の翻訳版です。面白いのは、サボテンの動きが日本とアジア諸国の関係性に凝縮されていること。つまりこれまでは『アジアではさまざまな分野において日本が牽引している』と思われていた時代もあったと思うんですが、今はそんなことなくて。音楽やファッションと同じで、もはや時差なんて存在しなくなってるんですよ」
最後にTONANが一番好きなサボテンを教えてもらった。
「一番好きなのは、レウクテンベルギア・プリンシピスというサボテン。このサボテン、見てくれも特異でかっこいいのですが、分類的にも珍しい一属一種なんです。数千種もあるといわれるサボテンの中でオンリーワンなところが個人的にも共感できるんですよね」