「月夜に傘をさした話」書評 モダニズムと江戸趣味の混交
評者: 佐伯一麦
/ 朝⽇新聞掲載:2019年02月02日
月夜に傘をさした話 正岡容単行本未収録作品集
著者:正岡 容
出版社:幻戯書房
ジャンル:日本の小説・文学
ISBN: 9784864881616
発売⽇: 2018/11/24
サイズ: 20cm/445p
月夜に傘をさした話 正岡容単行本未収録作品集 [著]正岡容
和田芳惠の名短篇「雀いろの空」の中で、夕暮れの雀色の空が江戸の町民たちの哀歓を伝えていると言い、〈話に夢中になると、相手の顔へ唾をとばしたものだった〉と姿が活写されていたのが、正岡容(マサオカイルル)の名を評者が知った最初だった。
人を食ったような表題作は昭和2年に22歳で発表された掌品で、鋭敏な感受性が燦めくモダニズム(稲垣足穂と交友があった)と江戸趣味への思慕(永井荷風を敬愛した)とが混交した独特の作風が窺われる。
実名小説が多い作品群の中で特に興味深いのは、やはり荷風に関わる作で、新進作家時代の荷風が、人情の機微を学ぶために朝寝坊むらくの弟子となった頃を描いた「春情荷風染」と、一時期妻となる新橋の名妓八重次(後の藤間静枝)との交情と別離の後が屈折した筆致で叙述される「荷風相合傘」だろう。
〈癖の強い男であった〉とも和田が記していた正岡評に、本書を読んでつくづくと同感させられた。