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エトガル・ケレット「クネレルのサマーキャンプ」書評 死んでも「さえない日常」にほろり

評者: 都甲幸治 / 朝⽇新聞掲載:2019年02月09日
クネレルのサマーキャンプ 著者:エトガル・ケレット 出版社:河出書房新社 ジャンル:小説

ISBN: 9784309207599
発売⽇: 2018/11/28
サイズ: 20cm/200p

クネレルのサマーキャンプ [著]エトガル・ケレット

 人は死んだらどうなるか。正解は、今とそっくり同じで、少しだけさえない世界に行く。少なくとも本短編集の表題作ではそうだ。自殺したハイムは、気づけば別世界にいる。そしてここには、どうやら自殺者しかいないらしい。
 彼はピッツェリア・カミカゼで店員として働き、夜は友人のアリとバーでうだうだ過ごす。美女は多いものの、せっせとナンパしても誰もなびいてくれない。
 唯一の心残りは、下界に残してきた恋人エルガだ。偶然、元ルームメート(もちろん死んでいる)と再会したハイムは、なんとエルガも自殺したことを知る。どこにいるのか。アリのポンコツ車に乗り込み、東に向かって二人で旅立つ。
 森で昼寝しているクネレル(実は天使)を轢きそうになって、そのまま彼の家に住み着いたり、人々の救済を約束するメシア王(もちろん誰も救われない)に出会ったり、旅は波瀾万丈の展開を遂げる。ようやくエルガを見付けるも、その瞬間ハイムはがっかりなオチに気づく。
 ダメ主人公が次々やらかすという展開は、ノーベル賞作家シンガーからマラマッドまでお手のものだ。現代のイスラエルを代表する作家のケレットもまた、ユダヤ文学の最良の系譜の中にいる。笑えるけどちょっと悲しい、そして人生訓はたっぷりというやつだ。
 しかしもちろん現代風の工夫もある。アラブ人のバーテンは顔中つぎはぎだらけで、聞けば自爆攻撃をしたという。下界ではお互い敵だったが、ここでは哀れなアル中同士だ。
 あるいはアリの実家に行けば、親父さんが古いジョークを披露してくれる。テレビでは、自分たちがどう死んだかを面白おかしくしゃべる番組をやっている。
 すべてが凡庸で、抜けていて、でも温かい。もちろん政治的に厳しい状況への言及もある。しかしそれでも人は生きていて、人を愛している。本書はそれを教えてくれる。
    ◇
 Etgar Keret 1967年イスラエル生まれ。小説家。著書に『突然ノックの音が』など。映像作家としても活躍。