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「犬であるとはどういうことか その鼻が教える匂いの世界」書評 がんも爆薬も分かるんだワン

評者: 齋藤純一 / 朝⽇新聞掲載:2019年02月16日
犬であるとはどういうことか その鼻が教える匂いの世界 著者:アレクサンドラ・ホロウィッツ 出版社:白揚社 ジャンル:動物学

ISBN: 9784826902069
発売⽇: 2018/12/13
サイズ: 20cm/346p

犬であるとはどういうことか その鼻が教える匂いの世界 [著]アレクサンドラ・ホロウィッツ

 飼っている犬が、遊びにきた親族の犬を出迎えたときに尋常でない反応を示し、とても優しく接したことがある。病変に気づいたのは間違いなく、数カ月後に親族の犬は死んだ。
 本書によれば、実際、犬は人間のさまざまな症状を検知することができる。癌細胞が発する揮発性の有機化合物を嗅ぎ取るのも得意である。それもそのはずで、匂いを感知する嗅細胞の数は人間が600万であるのに対して、犬の場合は2億から10億に及ぶ。嗅ぎ分けられる匂いの種類も比較にならない。よく訓練された犬は、1ピコグラム(1兆分の1グラム)の爆薬にも反応する。
 本書を読んではじめて得心がいった行動もある。犬には「鋤鼻(じょび)器」と呼ばれる第二の嗅覚器官があり、それによって微細なフェロモンを嗅ぎ取ることができる。カフ、カフと口を鳴らすのはこの器官に匂いを送り込む行動だった。幸か不幸か、人間の場合、この器官は完全に退化しており、生まれる前に消滅してしまうらしい。
 犬のマーキングは縄張りを示すためのものではない、犬は匂いの残量で飼い主の帰宅時間に見当をつける、などボーッと生きている飼い主には分からないことも、動物認知行動学の研究は教えてくれる。が、犬がどうして他の動物の残した匂いを喜々として身にまとおうとするのかはまだ解明できていない。
 「後鼻腔性嗅覚」。これもはじめて知る言葉だが、食べ物の味わいの8割方はこの嗅覚に依存しているらしく、私たち人間も思わぬところで鼻のお世話になっている。
 臭いを遠ざける「脱臭化」の傾向は異常なほどだ。この流れに逆らって、匂いの世界に鼻をつっ込んでみるのも悪くないかもしれない。ランドスケープやサウンドスケープだけではなく、スメルスケープ(匂いの景色)も楽しめるはず。臭いを避ければ匂いも遠ざかっていく。
    ◇
 Alexandra Horowitz 米ニューヨーク在住の犬の認知行動学の研究者。著書に『犬から見た世界』。