これは遡ること100年前の中国が清の時代の話だ。
そこには1人の阿Qという男がいた。
「アキュウ」と読む。
村でも目を取られるほどの、長くしぶとい髭がチャーミングポイントであった。
村の子供たちはこの髭を見るとみんなギャーギャー騒ぎ立て、たまにアキュウは恥ずかしくなるほど居ても立っても居られないのだったが、それにも負けじと髭にプライドを持つことを決めていた。
それはアキュウのひいひいひいお爺ちゃんから代々伝わる家族のしきたりでもあったため、髭はどんな戦に負けてもいじっちゃいかんという言葉を信じる毎日だった。
そんな穏やかな、雨の日だった。
アキュウは今日も用もないが無駄にウロウロしていた。
「おぉ、今日は雨か。雨音にちなんで一句詠むか」
「雨音の リズムがまるで ワイの一歩」
あたりはシンと静まり返りアキュウの声が虚しく足元に落ちる。
こんな風に、人には聞かれたくないような句をよく詠む人であった。
そして、それに加えてアキュウは飛び抜けたIQと頭脳があったため、村人が髭を引っ張るとアキュウはクイズを出すという一風変わった特技をひけ散らかしていた。
「アキュウよアキュウ、その髭を見せてくれよ!」
「仕方ないなぁ、お前さんたちはまだ若いから年代に合ったクイズを出してやろう」
といつも通り人を見た目で決めつけるアキュウだった。
アキュウはまたクイズを出した。
「6人がかくれんぼしました。2人見つかりました。残りは何人でしょう?」という年代別クイズを出した。
「なんなんだそれは!!! 僕たち28歳だぞー! バカにするなよアキュウよ!」
「まぁ答えを言ってみなさい」
「そりゃ鬼が一人に、2人見つかったんだから、あと3人だろうが」
「正解じゃ」
「つまらないよアキュウ。せっかく探し出したのに」
「そんな人をいいと思うな」
アキュウは噂よりはだいぶ盛り上がったクイズを出してくれない。
アキュウはいつも頭がよすぎるためか、人を楽しませられないクイズを出すのが主流になっていた。
その日はまた別の人たちにも声をかけられていた。
「アキュウさんよ! 髭を見せてくれよ!」
アキュウはまた髭を見せ、引っ張ってあげさせる。
するとまたアキュウはロボットのように話し出す。
「海の中にあって森の中にないものは?」
「アキュウそんなクイズ誰だってわかるよ! おいらは38歳だよ?」
とひねくれた顔でまた髭を引っ張った若者たちがすねる。
「まぁ答えを言ってみなさい」
また相変わらず同じ返しだ。
「魚だろぉ?」
「正解じゃ」
男たちはあまりのつまらなさに石を蹴りながら帰ってしまった。
アキュウは今日も一人になった。
ほんとはお爺ちゃんのように人を楽しませるクイズ屋さんになりたいのだが、ぶっきらぼうなアキュウにとってはとても苦手な話であった。
そんなアキュウの村に、美人なロウリュウという女が引っ越してきたと話題になった。
アキュウも風の噂で聞いていたが、特に気にはしなかったが、やはり根は男なためどんな人か気になりつつはあった。
曇り空がどんよりとこちらを睨むとある日。
いつも通りにアキュウは外を散歩していると、向かいからワキャワキャした若者3人が向かってきた。
その中には確実に一人光り輝く美女がいた。
アキュウはあっけにとられた。
近付く3人組の一人が、アキュウの存在に気づいたのか、コソコソし始めた。
「お、わたしの存在がバレてしまったか。まぁ嬉しくないわけじゃない」と胸の中で呟いた。
すると、その美女がそそくさと近寄ってきた。
そしてアキュウに向かって「初めまして! 私の名前はロウリュウよ。最近引越してきたの。あなたはクイズが好きなの?」。
「は、はじめまして。私の名前はアキュウだ。先祖代々髭クイズを行なっている。大切な伝統だ」
いつもは緊張しないアキュウだが、あまりの美を見て緊張でガタガタした日本語になってしまった。
(な、なんと美しい ステキな人だ)
と繰り返し思うアキュウだった。
ロウリュウも負けじとアキュウに興味深々だった。
「髭クイズなんてユニークね。だけど私もクイズを出すのが大好きよ! でもあなたが出すなら私は答えるわ!」と、アキュウの髭を引っ張るロウリュウ。
アキュウは緊張のあまりクイズを出そうと思ったが、あまりの一目惚れにクイズなんて出す頭にならず、アキュウはなんということか、ロウリュウに思わずキスをした。
ロウリュウは目を丸くして、アキュウから離れた
「やだ!!! アキュウさん。な、なにするのよ!!!」
「あ、いや、あ・・・・・・申し訳ない」
一緒に歩いていた二人の友達がロウリュウに近づき急いで離れたほうへと走っていった。
アキュウは自分のしたことを冷静に考えると、なんてことをしたんだと反省した。
アキュウはそれからどうしようもなく頭をかかえる毎日を送った。
もちろんクイズどころではなく家から出なくなり、毎時間ロウリュウを考える日だった。
周りからも心配されるようになり、一週間後、ようやく外に出ることを決め、いつものように散歩していた。
すると、な、なんと!
目の前にいるのはロウリュウだった。
「ロウリュウさん!!! 先週は大変失礼しました。ほんとに、ほんとに、反省しております。なんというか、美しすぎて・・・・・・体が反応してしまいました」とアキュウは素直にそしてふかぶかと頭を下げた。
すると、「アキュウさん、もう謝らないでください。いいんです、私こそあんなグイグイと申し訳ないです」。
ロウリュウはとても優しく対応してくれた。
アキュウはそこに更に惚れた。
その勢いを使って、アキュウは力を振り絞り、「あ、あの、今度庭の散歩にぜひご一緒して頂けませんか?」。
「え?私なんかでよければもちろんご一緒させて下さい」
張り切り笑顔のロウリュウがそこにはいた。
そして二人は庭の散歩をすることになった。
ロウリュウはクイズが好きで、アキュウのとんでもなくしょうもないクイズをいつも薔薇のようによく笑い、お餅のように肌は白い素晴らしい女性であったため、アキュウが夢中になるスピードも凄まじかった。
そして二人はグイグイ散歩をするようになったある日。
ロウリュウは口にした。
「ねぇアキュウさん、私と髭クイズ専門塾を始めない? ふたりでアキュウさんの的外れなクイズを清中に広めたいの!」
思わぬ発案だった。
だが、アキュウはロウリュウの素朴な気持ちが嬉しくてたまらず、「なんていい考えなんだ!ロウリュウさんとだったらできる気がするよ」と代々伝わる髭クイズをあっけなく形を変えた。
いても待ってもいられない、ロウリュウとアキュウは早速、村の中心部に枝で作った髭クイズ塾を作った。
これは村中に大騒ぎに広がり、5~40代の幅広い村人がアキュウのなんてことない髭クイズに足を伸ばした。
清の時代は人に何か問題を出すことが大変珍しかったため、これは大喜びの施設だった。
このスタイルを変えることは清中の噂と広がり、国の責任者ギリギリにまで耳に入った。
そして、くだらないクイズは大流行した。
「ロウリュウ、君は天才だよ。ほんとに僕にこんなすばらしい案を言ってくれてありがとう」
「アキュウ、そんな嬉しがらないでよ。わたしはあなたのためになればと思って言っただけよ?」
「ロウリュウ今から言うことを聞いてほしい」
「ん? なんなの?」
「僕は君が好きだ。結婚してほしい」
「え? わたしと?」
「そうだ、ロウリュウとだ」
「私でいいの・・・・・・?」
「あぁ、ロウリュウじゃなきゃだめだ」
「よろしくお願いします」
「ほんとかい?! やったぁぁぁ」
「そのかわり、髭クイズ塾は辞めないわよ! ずっとずっと続けて、くだらない幸せを清に伝えていきましょう」
「あぁ、そうだな。伝統をいつか世界的な伝統に出来るまで2人で頑張ろう」
「そうよそうよ! その意気よ!」
そして二人は平和に結婚することになった。
アキュウは頑固者の人見知りだったため、誰とも結婚できないだろう、と言われていた為余計に周りは驚き、同時に美人な妻を手に入れたことをたくさんおめでとうと言われた。
二人は末永く髭クイズ塾を営む有名な夫婦となった。
だがこれがきっかけとなり、髭クイズ塾はどんどん広まり、総支配者の耳にはいり、なんと時代を変えるのはこの夫婦だとなり、清という時代から、中国に変わる時代の切れ目となったのだった。
これは今でも言い伝えられている伝説である。
(編集部より)本当はこんな物語です!
中国の小さな村に、家も金も家族も持たない日雇い暮らしの男・阿Qがいました。働き者ではあるのですがプライドが高く、しょっちゅうトラブルを起こしています。カレンさん版のアキュウは、美人のロウリュウに出会うことで運命が変わり、幸福な結末を迎えますが、魯迅版の阿Qは、村のある女性とのトラブルから村民にうとまれ、やがて訪れる「革命」のさなか、悲惨な最期を迎えます。
中国が清王朝から中華民国に変わる辛亥革命(1911-12)のころを舞台にした、どこにでもいそうな庶民の一代記。「阿Q」とは、「Qちゃん」といった意味の呼称です。中国が近代化へと向かう潮目の時期、進歩的知識人の魯迅が、旧態依然とした民衆と村落共同体を批判的に描いた小説と言われています。