大きなうそとたわむれ、遊び心をスパイスのように添える。金子薫さんの中編『壺中(こちゅう)に天あり獣あり』(講談社)は、迷宮のなかに世界を作り上げてゆく。
「言葉によって造られる迷宮」を光は歩いている。無限の廊下に同じ扉が延々と続くホテル。「言うなれば寓話(ぐうわ)の主人公」と書かれる彼は、歩くほどに迷宮のホテルが拡大するのではないかと「設計者の意図を推し量ろうとする」。作者の存在をにおわせ、物語だと読者に断る書きっぷり。
「小説でこれは虚構だと説明する必要はないのに、なぜかばらしてしまいたくなる。力のないことが文学のいいところだと思うし」
さまよい歩くうちに光は迷宮の中にホテルを見つける。無限のホテルに有限のホテルをつくろう、世界を反転させて設計者から「一冊の寓話を取り上げ」ようと光は意気込む。大きなうそを支えるために小さなうそを重ねてゆくと「いつの間にか物語が流れ出している」という。
光の物語と交互に、玩具屋の言海(ことみ)の物語が描かれる。ブリキの動物を磨くだけではあきたらず、言海は架空の獣を作り始める。奇妙な動物、幽閉された登場人物、地図を描くこと。いくつかのモチーフが昨年野間文芸新人賞を受けた『双子は驢馬(ろば)に跨(また)がって』と重なる。「プロットを作らず書き出して意識的か無意識か、出てきてしまう。心のどこかでひっかかりがあるのでしょう」
原稿用紙70~80枚ほどでボツにすることが多い。「ある日急にこれ以上は行き止まり、となる」。ホテルの中を歩くという80枚の「ボツ」もあった。「捨てたものも自分の頭で育っている。一段落目を作って自分で驚きがあれば、物語は転がってゆく」
今も冒頭だけを1年ほど書き続けている作品があるそうだ。「自分の味とか色合いが見えてきた。その色を濃くしたり薄くしたりして書いていくのでしょう」(中村真理子)=朝日新聞2019年3月6日掲載