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「銭湯図解」書評 絵のむこうに希望がほの見える

評者: 宮田珠己 / 朝⽇新聞掲載:2019年03月09日
銭湯図解 著者:塩谷 歩波 出版社:中央公論新社 ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784120051692
発売⽇: 2019/02/21
サイズ: 21cm/123p

銭湯図解 [著]塩谷歩波

 建物の図解は面白い。それが銭湯となればなおさらだ。私はとくに風呂好きというわけではない(むしろ面倒くさいぐらいだ)が、銭湯という空間には前々から迷宮的な面白さがあると感じていた。
 だから本書を見たとき、その間取り図としての魅力と、逐一コメントがついている形式だけで萌えてしまった。さらに庭でレモンを育てる浴室、ひとり泣くのにいいサウナ室など、読み進めるほどに奇抜な銭湯が登場するのも楽しい。
 昨今は銭湯ブームなのだろうか。銭湯やサウナの話題をよく耳にする。といっても廃業の話だったりすることもあるので、ブームなのかブームじゃないのかよくわからない。
 今はたいていの家には風呂があり、あえて出かけるなら温泉かスーパー銭湯で豪勢に楽しむイメージが強い。そんななか日常的に銭湯を利用することの良さが見直されつつある過渡期なのかもしれない。
 ところで本書には単に図解集というだけでないもうひとつの一面がある。それは著者自身の再生の記録でもあるということだ。
 大学を出たあと設計事務所で働いていた著者は、1年半で心身を病み休職。友人と医者に勧められて銭湯に通ううち、その楽しさに目覚めていく。やがて体調が回復し復職するも、集中力が続かずふたたび挫折。銭湯の力で仕事に復帰できたのかと思ったらそう簡単にはいかなかった。
 そんな折、ある銭湯にうちで働いてみないかと声をかけられる。建築の仕事を夢見て生きてきた著者には転職なんてありえなく思えた。しかしついには銭湯の魅力に抗しきれず転職を決意。番頭として働くかたわら、各地の銭湯をめぐって本書を執筆するのである。
 銭湯が著者の人生を再生させただけでなく、文中には銭湯側も著者に図解されることを喜び、誇りを取り戻していることが示唆される。絵のむこうに、ゆるやかな希望がほの見える。
    ◇
 えんや・ほなみ 1990年生まれ。早稲田大大学院(建築学)修了。銭湯で働く。イラストレーターとしても活動。