「家、ないんです」。そう言うと、たいていの人は引く。「冗談でしょう?」という人もいる。「家がない=どこかに人間的な重大な欠陥がある――そう思い込んでる人の価値観を壊すのが楽しくてしょうがない」とこの本に書いた。
全国各地を飛び回るから自宅にいるのは月に10日ほど。だったら、家はいらないと思った。コインロッカーがタンスであり戸棚。衣類など必要な品物は通販で買って宿に届くように手配し、使ったら捨てる。持ち歩くのはリュックだけ。中には商売道具の着物や扇子、落語会で売る手ぬぐいやCDなど最小限の物しか入っていない。この取材の際、名刺を差し出したらスマホでパチリと撮影。「お返しするのは失礼なのですが」と受け取らなかった。
「今いるのが安らぎの場所と思えば、マイスペースという空間は無限。帰宅する必要がないから自由な時間もできるという話で、ほかの人に勧めているわけではありません!」
落語立川流の真打ち。立川志らくさんの弟子なので「こしら」。師匠は弟子の生き方に「ふざけるにもほどがあるが、ふざけないよりまし」と言ったとか。本の帯に「変な弟子だがやろうとしている事はまさに現代である」との言葉を寄せた。
落語会でも時に破天荒だ。フォークリフトの免許を取りにいった際の体験談だけで40分やったこともあれば、仮想通貨の話だけで60分やったこともある。「お客さんの人数は少なくてもいいから、どれだけ濃かったかで勝負したい」「芸を研ぎすますというところでは戦わない。そこは、ほかの落語家にはかなわないから。真逆をやる」
常に意識している「奴(やつ)」がいる。中学生の頃の自分。ずるい大人を嫌っていた。「僕の中で一番厳しい客。『ケッ』『なあんだ』と言われるようなことはやめようと思っている」
「家」の話に戻る。最近は「家、ないんです」と聞いて驚く相手に、この本を渡している。ニコリと笑って、こう落としてくれた。「ただで受け取る人、あまりいません。小銭っていうわけにはいかないようで、千円から5千円はいただける」(文・西秀治 写真・倉田貴志)=朝日新聞2019年3月9日掲載
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