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異界へ、瞬時のいざない アンソロジスト・東雅夫

  • ジェフリー・フォード『言葉人形 ジェフリー・フォード短篇傑作選』(谷垣暁美編訳、東京創元社)
  • 森見登美彦ほか『美女と竹林のアンソロジー』(光文社)
  • 黒史郎『ムー民俗奇譚 妖怪補遺々々』(学研プラス)

 昨年6月の本欄で取りあげた山尾悠子『飛ぶ孔雀(くじゃく)』と、9月に取りあげた円城塔『文字渦』が、ダブルで日本SF大賞を受賞。偶然とはいえ喜ばしい。前回取りあげた田中清代『くろいの』も、絵本の国際コンクールで受賞とのことで、なんともゲンの良い連載ではないか!

 さて今回の1冊目は、具眼の士の間で評価が高い米国作家ジェフリー・フォードの短篇(たんぺん)傑作選『言葉人形』。

 呼吸をするように噓(うそ)をつくたぐいの人間が世の中にはいるようだが、それで云(い)うならフォードは、呼吸をするようにするすると、ファンタジーを紡ぎあげる作家である。

 凄腕(すごうで)の魔術師(マジシャン)を思わせる、その手並みの鮮烈さは、たとえば本書の巻末に据えられた「レパラータ宮殿にて」の冒頭を読むだけで、たちどころに了解されることだろう。

 薄暮の断崖から釣り糸を垂れて蝙蝠(こうもり)を釣る男。海上の嵐を伝える南風。尾を曳(ひ)いてよぎる流れ星……選び抜かれた言葉が喚起するイメージの連なりが、読者を瞬時にして、現実と背中合わせの異界や魔界や迷宮めく世界へと運び去る。たとえばボルヘス、あるいは山尾悠子や円城塔の作品を読むときに感じるのと同じ種類の醍醐(だいご)味が、この粒ぞろいの短篇集には、ぎゅう詰めに詰まっているのだ。

 こちらもフォードに劣らぬ夢幻の紡ぎ手である森見登美彦が、自ら執着してやまない「美女と竹林」というテーマを、自身も含めた10名の作家に発注して成った前代未聞の競作集が『美女と竹林のアンソロジー』。恩田陸や京極夏彦から飴村行(あめむらこう)、矢部嵩(たかし)まで、ひとクセもふたクセもある顔ぶれが、竹林にまみれた奇想を開陳して興趣は尽きない。

 黒史郎『ムー民俗奇譚(きたん) 妖怪補遺々々(ほいほい)』は、ふざけた書名とは裏腹に、生真面目な姿勢で綴(つづ)られた好著である。おばけずき作家として知られる著者は、地方の図書館や古書店や土産物店の片隅で発掘してきた民間伝承に関する本や雑誌の中から、誰も知らないような超マイナー妖怪たちの片々たる物語をせっせと拾い蒐(あつ)めることに余念がない。

 小泉八雲や田中貢太郎や柴田宵曲(しょうきょく)の流れを汲(く)む「再話文学」の新たな試みとしても、驚いたり呆(あき)れたり戦(おのの)いたりしながら愉(たの)しみたい一冊だ。=朝日新聞2019年3月10日掲載