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あなたをそっと見守っているよ 訳者・高橋久美子さんの絵本「おかあさんはね」

絵本の翻訳は詩を紡ぐことに似ている

――「おかあさんはね ときどき かぜに おねがいするの/あなたが ないたり せずに/きょうも わらって いられますように」――。子どもの成長と幸せな人生を願う母の思いがページをめくるごとに綴られた絵本、『おかあさんはね』(文・エイミー・クラウス・ローゼンタール、絵・トム・リヒテンヘルド/マイクロマガジン社)。全米でベストセラーとなったこの絵本は日本でも2017年に刊行され、今も着々と版を重ねている。翻訳を担当した高橋久美子さんに『おかあさんはね』の魅力と読みどころを語ってもらった。

 初めて原書を読んだとき、自分の家族や大切な人に持っている普遍的な愛情がいっぱい詰まった絵本だなと思いました。原題は『I Wish You More』。すべてのページが「I wish you……」という祈りで始まっているんです。直訳すると「あなたが……でありますように」。アメリカだと文化の根底に宗教があるから、すっと心に入っていくフレーズなのかも。でも、ちょっと日本人には愛情表現がストレートすぎて照れくさい。そこで基準になったのはうちの姉。「どうすれば姉が気恥ずかしくなく、自分の子どもに読み聞かせできる絵本になるかなあ」と、頭を悩ませました。

「おかあさんはね」(マイクロマガジン社)より

 実は絵本の翻訳はこれが初めて。編集さんから依頼されたときはどうしようかなあと迷ったんですけど……、「高橋さんの歌詞や詩が好きなんで、詩を書いているような感じで訳してもらいたいんです」って依頼してくださって。「そうか。作者が何を伝えたいのか、その芯の部分さえとらえていれば、ある程度自由に訳してもいいのかな」と気付いてからは、原作のローゼンタールさんに寄り添いながら詩を共作しているような気持ちで翻訳を進めていきました。

 何度もノートに訳文を書いて、言葉を足したり引いたり、語順を入れ替えてみたり、一行一行掘り下げて。音楽をずっとやってきたからか、声に出して読んだときのリズム感や心地よさがすごく気になるんですよね。「I wish you……」は呪文なのかも、と考えて「ちちんぷいぷい」にしたものの「死語やん!」って自分でつっこんだり(笑)。

 しばらく「だいじょうぶ だいじょうぶ」という訳を基調にしていたんですけど、ある日ふっと「おかあさんはね」というフレーズが浮かんだんですよ。今はおかあさんと離れておとうさんやおじいちゃん、おばあちゃんと暮らしている子もいるかもしれない。でも「私たち全員、おかあさんのおなかから生まれてきたのは変わらんのやな」っていうことに気付いたんです。編集さんとも「この本の根底にあるものって、老若男女かかわらずある“母性”じゃないのかな」って話し合って。お父さんから異論が出るかな、とも考えましたが、最終的にタイトルも『おかあさんはね』になりました。

「PCだと上書きされてしまうから」。翻訳や創作には「思考のあと」が残るノートを愛用

「子どもが幸せならそれでいい」子育ての原点思い出す

――子育ては思い通りにいかないことの連続。些細なことにイライラしたり、ついきつい言葉で子どもを叱ってしまったり……。そんなとき、この絵本を読むとすうっと心が穏やかになる。「子どもが幸せならそれでいい」。親としてのシンプルな願いを思い出し、ハッとしたという読者からの声も多い。

 「子どもが元気ならそれで十分」っていう原点を思い出しましたって言ってくださる読者の方が多くて、うれしいですね。「普段なかなか面と向かって言えないからこそ、絵本を通じて子どもに愛情表現ができてよかった」「寝る前に子どもに読み聞かせしたら安心して眠ってくれる」。そんな声を聞いて、親子の気持ちの橋渡しに少しでも役立ったなら本当に訳してよかったと思います。

 小さな子どもを持つ親御さんだけでなく、就職して親元を離れている若い方や、おかあさんがもう他界されている方など、この絵本を読んで「母を思い出す」っていう人も多いですね。普遍的なことなんですよね、母の愛って。でもこの絵本で表現されている愛情って、全く押しつけがましく感じない。「いつかは親の元を離れていく」ことも理解しつつ、それでもあなたをそっと見守っているよ……っていう、ちょうどいい距離感とバランス感覚がある。

「おかあさんはね」(マイクロマガジン社)より

 好きなシーンはたくさんありますが、一つ挙げるなら「ものがたりの なかに/あなただけの ほしを みつけられますように」。

 シーツをかぶって読書に没頭する女の子の絵に、原書では「I wish you more stories than stars」という文が添えられています。「星よりも物語を大切にできますように」っていうのが直訳なんですけど、私は「星が好きなら、星をずっと見ている子でもいいんやないかな」と思っちゃって。ローゼンタールさんはきっと「自分の世界を見つけてそれに没頭できますように」って伝えたいんじゃないかと想像して、「ものがたりのなかの あなただけのほし」という表現にしました。

絵本大好きな子ども時代 移動図書館が楽しみだった

――「子どものころから絵本が大好きだった」という高橋さん。思い出の中にある絵本の描写は克明で、聞いているとその情景がまざまざと浮かんでくる。

 地元には図書館がなかったので、月に1回やってくるトラックの移動図書館がとにかく楽しみで。そこで絵本を借りて母によく読み聞かせしてもらっていました。小さいころお気に入りだったのは、『おふろでちゃぷちゃぷ』(童心社)。「あたま あらって きゅーぴーさん」のところが好きで、お風呂でシャンプーしたときに髪の毛をきゅっ、とキューピーヘアにして真似したり。『モチモチの木』(岩崎書店)も忘れられません。おじいちゃんがお腹痛くなったときの、あの豆太の走り方! 私も祖父と同居していたんで、豆太に共感しちゃって。『モチモチの木』は実家に帰ったとき、今でも読み返しますね。

 外国の絵本だと、『ぼく、お月さまとはなしたよ』(評論社)。日本にはない独特の色使いがすてきだった。クマくんが山に登ってお月さまに「たんじょう日、いつですか?」って聞くと、「たんじょう日、いつですか?」って返ってくる。やまびこなんですよね。大人の視点だと、熊が一人で孤独にしゃべり続けているだけの話なんですけど、かわいくて面白くて大好きな絵本でした。幼稚園のころから気になっていたのは、海外の絵本の最初に書かれている「愛するだれだれに捧げます」っていう献辞。「身近な人への愛がすごいんやな……」って、子どもながら気付いていましたよ(笑)。

 小学校に上がってからは、学校の図書館で本を借りられるようになったんです。小学校から家まで片道2キロくらいあったんですけど、借りた本を読みながら山道を歩いて帰っていました。吹奏楽に出合うまでは、本の世界にとにかく夢中でしたね。一番はじめに、「私」をつくってくれたのが絵本。文字や言葉の世界が面白いなあって思わせてくれたものだから、それに今携われるのは本当に幸せなことだと思います。

絵本を作ることは「未来への種まき」

――翻訳を担当した絵本の最新作は、2019年1月に刊行された『ディア ガール おんなのこたちへ』(主婦の友社)、『パパといっしょ』(トゥーヴァージンズ)の2冊。前者は『おかあさんはね』の作者、エイミー・クラウス・ローゼンタールさんの遺作となる。

 翻訳した『ディア ガール おんなのこたちへ』は、2017年に亡くなられたローゼンタールさんの最後の作品です。がんで闘病しているときに、娘さんと一緒に作られた本だそう。本の中で描かれている娘さんへの願いは、世の中に生きるすべての女の人たちへの願いでもあるんだなと感じました。どんな年齢の女性が読んでも、心の指針となるものがこの本には詰まっている。「いつだって わたしは あなたの みかた」「いつでも ここで まってるよ」というフレーズには、『おかあさんはね』と通じるメッセージを感じます。

 絵本を翻訳したり、自分でも絵本を作るようになって、今までとはちょっと違う視点が持てるようになりました。歌詞を書いているときも、街なかの細かい部分をクローズアップしながら生活しているんですけど……より日常の小さなことや、それまでは通り過ぎていたようなハプニングに目が留まるようになりましたね。

 最近、面白かったのは夫とセーターの毛玉取りをしたときのこと。無心に毛玉を取っていたら、ふわっふわの毛玉のボールみたいなものができたんです。それがめっちゃ、かわいくて! 「これって、まっくろくろすけみたいやなあ。ここから何か始まりそう」って感じたんですよね。

 絵本を作るのは、何か「未来への種まき」みたいなことにもつながるんじゃないかな。小さいひとたちのことを考えながら制作するのは、私にとってもかけがえのない時間ですね。日常のすき間から始まる冒険の気配を感じられるようになった今、大きいものよりも「小さなものから始まる物語」をつくりたい、と思っています。