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怪奇漫画のフシギな魅力を追う

福永信が薦める文庫この新刊!

  1. 『戦後怪奇マンガ史』 米沢嘉博著 鉄人文庫 918円
  2. 『色ざんげ』 宇野千代著 岩波文庫 756円
  3. 『板(ばん)極道』 棟方志功著 中公文庫 1037円

 (1)ここに紹介されている漫画を、例えば親が、子供に薦めることはあまりないだろう。時に表現規制のヤリ玉にあがるかもしれない。子供はそれでも、コッソリ読むに違いない。面白いからだし、恐怖を感じることは、人間が成長するのに必要な栄養だからだ。日々読み捨てられていく作品をつぶさに収集し、黒いインクが描き出す怪奇漫画のフシギな魅力の行方を追う。無名の多くの作家に支えられてこそ、豊かな漫画の歴史があると全編を通じて説く良書。膨大な資料と向き合う、著者のハンパない情熱は、漫画への無限の愛に支えられている。早逝されたのが悔やまれるが、大事な一冊だ。巻末資料や2本立ての解説も充実。

 (2)欧州から帰国した1年後、画家東郷青児は壮絶な情死未遂を起こす。昭和初期の当時、東京朝日新聞でも報じられたほどだ。著者は興味を持ち、本人に会いに行く。その日から5年ほど生活を共にしたが、例の事件を山場に据え、画家の語りを元に仕上げた長編小説が本書。「美しい女」にだけ焦点が当たる男性的な「僕」の目線を、女性である著者が書く複雑さが刺激的。改行を抑制し、飾りを排して淡々と綴(つづ)ることで生じる、緊迫感もヤバイ。著者の、この画家への底なしの愛と「男」という存在への皮肉が同居する。2本立ての解説も充実。

 (3)著者につきまとう「わだばゴッホになる」というキャッチフレーズ、もうやめたらどうか(今回の帯にもあるが)。本人が言い出したことではあるが、「ゴッホ=油絵」ほどの意味に過ぎないようだ。ほぼ独学なのは似ているが、元気いっぱいのこの芸術家はそもそも、ゴッホとは境遇が違う。人懐っこく、生前から売れっ子で、国内外で評価された。共通点は絵が大好きなこと。著者は借家の襖(ふすま)に無断で描いたり、便所の壁や天井にも描いた。版画だけでなく絵を描くこと、文字を書くことが好きだった。そして自分の表現を喜んでくれる人が大好きだった。この自伝は、そんな喜びに満ちている。愛あふれる解説を書いた草野心平との、楽しい対談が新たに付いた。(小説家)=朝日新聞2019年3月16日掲載