絵本とは、絵を描く人と文章を書く人に加え、その物語を読み伝える人、聞いた物語を自分の中に受け入れる人がいて、素晴らしい創作物になるのだと語る村中李衣さん。「読む人と聞く人がお互いに響きあうことに力を貸してくれる、そんな役割を絵本は持っていると思うんです」
まず、村中さんが読み始めたのは『がたん ごとん がたん ごとん』(福音館書店)という絵本。汽車が出発すると、哺乳瓶やコップにスプーン、リンゴや猫たちが次々と「のせてください」と言ってくる。村中さんは会場全体に問いかけるように「のせてください」と読み始め、何回か「のせてください」を繰り返すと「どうぞ」という声が客席からあがった。「この絵本を子供たちに読むと、みんなが『どうぞ』と言って了承したら汽車に乗せて、次のページに進めていくんです。『がた~ん ごと~ん』という私の読み方、少し変わっていましたよね。それはこの会場にいらっしゃる皆さんと、どんな汽車を走らせようかなって思いながら読んでみたので、毎回違うんですよ」
赤ちゃんに読み聞かせする最初の絵本として選ばれることが多い本作だが「お年寄りや中学生と一緒に読むこともあります。一人ずつ違う声や読み方の響きがあって、色々な物語が出てくるんです」と村中さんは言う。
「声の道」を体験してほしい
「私は読み方のレッスンをするよりも、その人の声の道を通って相手の胸に届けることの方が大切だと思うんです。それはとても素敵なことです。今から皆さんとやってみたいと思います」。続けて行われたワークショップでは、会場にいる人に二人組になってもらい、じゃんけんをして勝った人は目を閉じ、負けた人は一度だけその人の胸に届くように何回か名前を呼びかける。名前を呼ばれた人は「今胸に届いたな」と思ったら手を上げる。会場では早速じゃんけんが始まり、色々な呼び名が聞こえてきた。「ハイ!」と手を上げると「ピンポーン! 当たり!」と、楽しそうな声があちこちからあがる。驚いたのは、ほとんどの人が「胸に届いた声」を当てていたことだ。
「当たっても当たらなくてもいいんです。でも、自分の胸に声が届いたことがわかったら相手も嬉しいでしょう。声が届くということは情報が入ってくるということだけではなく、もっと深いものが心の中に響いてくるということなんですよね」
人の声には、色や風景が見えたり、匂いを感じたりすることもあると話す村中さん。続いて読んだ『さわらせて』(アリス館)は、犬や猫、ワニなど様々な動物たちに誰かが「ちょっとさわらせて」と言い、動物が「さわっていいよ」と答えるやり取りが繰り返される内容だ。声をかける誰かと動物の役を会場にいる人に順にあてていき、それぞれがどんな声で、どんな言い方をするのかを聞く。恐る恐る「さわらせて」という人、「気にせず、さわりなよ」と気楽にいう人、それぞれの声が生み出す世界が大事なのだと村中さんは言う。「誰の声が上手というよりも、その人の声が見せてくれる匂いや風景、動物に近づくまでのためらう時間や、そこを通り過ぎたという風も感じられましたよね。私は絵本を学ぶ学生たちに『先生が読んだらその先生が見せてくれる世界があって、お母さんにはお母さんの世界があるんだよ』といつも言っています。そのことをもっと大切にできたらいいなと思っているんです」
「読みあい」の輪は刑務所や海外でも
これまでに、赤ちゃんからお年寄り、死を目前にした終末医療を受けている人とも「読みあい」を行ってきた村中さん。矯正教育の一環として受刑者、特にこれまで絵本の読み聞かせなどをしたことがない母親たちが、我が子にむけて絵本を読んだ声を録音して届けるという活動も行っている。
こうした村中さんの読みあいの輪は、日本だけでなく海外でも広がっている。講演の最後には、村中さんがNGO「マレットファン」と共にタイの少年更生施設を訪れた時の映像が流れた。興味深そうに本をめくっている15歳から18歳の少年たちが、それぞれ相手に合うと思った本を探し、シャツの下にとびきりの一冊を隠している。「いち、にの、さん」で本を相手に見せた瞬間、少年たちの表情には「僕にはこの本か」という驚きや、嬉しそうな笑顔が溢れていた。
「本を読む機会がない環境にいるからと言って、読書よりも勉強を優先させようとするのではなく、『あなたたちの心の中には、誰かと何かを響きあいたいという気持ちがあるのよ』ということを知ってもらいたい。誰かのために何かできることが自分にもある、ということをまずは子供自身が実感しないと、その先の行動に移ることや勉強することにもつながっていかないと思うんです」と語り、会場からは大きな拍手が送られた。