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原作者・よしながふみさんも納得のキャスティング 人気マンガ「きのう何食べた?」、ついにドラマ化

文:横井周子 ©「きのう何食べた?」製作委員会

BLとして描くつもりでした

――2007年の連載開始から12年。『きのう何食べた?』(以下、『何食べ』)はどんな風に連載が始まったんですか。

 もともとボーイズラブ(以下BL。男性同士の恋愛を描くジャンル)として発表するつもりで温めていた話なんです。当時BLの編集者にアイディアを話してみたら反応がいまひとつ。『何食べ』はストーリー開始時の年齢が、筧43歳、ケンジ41歳。「せめて“受け”のキャラクターだけでも、もう少し若くできませんか?」と。恋愛の成分が少なすぎるとも言われて、「そうだよね」って。他の掲載誌を探していた頃に青年誌の「モーニング」から連載の依頼をいただいたんです。

――青年誌でゲイのカップルを描く作品が連載開始されたことに最初は驚きました。

 私もこの話を青年誌で描くことになるとは思ってなかったです。全然別の「リストラされたおじさんがテニスを始め、肘を壊して挫折した男の子と組んで、近所のテニスクラブでダブルスの優勝をねらう」というストーリーを軽い気持ちで編集者にしゃべったら、企画がどんどん進んでしまって……。いや、今もいつかは描こうと思ってるんですけど……。ある時「ああやっぱり無理だ。これ以上嘘はつけない」と思って、冷や汗をかきながら「ごめんなさい! 私が今本当に描きたいのは、ゲイのカップルの毎日の食事を描いたマンガなんです」ってお詫びしたんです。そうしたら、「その話を連載できるのなら、『モーニング』に描くんですよね?」と言われたんですね。次の日には「企画が通りました」と電話がかかってきました。

――青年誌での連載ということで絵柄や設定など、何か変えた部分はありますか。

 全然なくて、そのままです。この話を描かせていただけるならどこに載ってもいいと思っていました。ただ掲載後の反響の大きさは予想外でしたね。同じ話でもBL誌と青年誌に描くのとでは意味合いが違うんだっていうのは、雑誌に掲載された後ではっとしたことでした。

――『何食べ』のストーリーはどんなふうに生まれたんですか。

 人にマンガを説明するのがすごく好きなので、「今こういう話を考えているんだけど」って、ばーっと話しながらストーリーを作っています。『何食べ』の場合は、企画が決まった時点で、セリフもほぼ決まっている状態で一巻分くらいはできていました。

――そういうマンガの作り方もあるんですね……!

 打ち合わせではいつも、かなり具体的にマンガの内容を話します。あらすじとかではなくて、こういう風に言ったらこう返されて、っていう会話を全部説明して。一人芝居みたいな感じです(笑)。

©よしながふみ/講談社
©よしながふみ/講談社

おいしいものが出てくると嬉しい

――キャラクターはどんなふうに考えたのですか。

 ひとりはゲイであることをオープンにしていてもうひとりは隠しているというのは頭にありました。いわゆる“攻め受け”も読者が迷わないように1巻で本人たちに語らせているのですが、BLでこの話を描こうと思っていた時から二人のラブシーンは作品の中で描かないというのは決めていました。

――ラブシーンを描かないようにしようと思ったのはどうしてですか。

 あくまでも個人的な好みで、食べ物とエロは一緒にしないほうがいい気がするんです。食べ物はエロの代替だとかよく言われますけど、脳の同じ部分を使う快楽だからなのかな。ごはん食べながらセックスしてもどっちも良くない、みたいなことかもしれない。

――食べ物は『何食べ』の見どころのひとつ。よしながさんの作品にはおいしい食べ物が必ず出てきますね。

 池波正太郎さんの『鬼平犯科帳』が大好きなんですが、ストーリーに関係なくおいしそうなものが出てくるんです。読んでいてちょっと得したような、いい気分になる。だから私もとりあえず食べ物を描いておこうと。『何食べ』はごはんの話を描きたくて始めたマンガですが、もし自分から終える時が来るとしたら料理のネタが尽きた時かもしれません。一品だけじゃなく献立なので、一話でたくさんのレシピを載せちゃうんです。

――コミックスには毎回料理写真も収録されていますが、よしながさんご自身が作っていらっしゃるんですか。

 はい。どうやって作れば最短でできるかという手順も描きたいので、調理の順番を考えながら試作は必ずします。だんだんわかってきたのは汁物とサラダはとにかく最初に作っとけってことですね。忘れられないのは、お花見の回で描いたお稲荷さん(11巻収録)。見た目的には大丈夫なのでマンガに起こしながらも、味がどうしても決まらなかったんです。アシスタントさんや家族に何度も食べてもらって、もうみんな苦笑してましたね……。普段よく作るレシピは、焼き肉のたれで作る鶏肉のオーブン焼き(1巻収録)と鳥手羽元のにんにく酢醤油煮(9巻収録)です。「もう何も考えたくない」っていう日はだいたいこれ。

――そういう日、すごくあります。

 このマンガの料理は、宗教に例えるなら最も戒律がゆるい宗派をめざしてるんです。子供の頃料理本に「だしをとる」と書いてあると「私には作れないや」とあきらめた記憶があるので、だしはとらずにだしの素を使っていたり。品数についても、筧がどうしてもあと一品の呪いにかかっているだけなので、別になくてもいいんです。

©よしながふみ/講談社
©よしながふみ/講談社

シロさんとケンジは現実と同じ時間を生きている

――主人公の二人が、読者と一緒に年齢を重ねていくのもおもしろいですね。 

 経年変化を描くのが本当に好きなんですよ。もう一本の『大奥』という連載も、展開はよりスピーディーな歴史物ですが、やはり経年変化の話です。同じ人が1年経つとちょっと変わっている、それを定点観測するのがすごく好きですね。『大草原の小さな家』や『北の国から』のような、同じキャストが演じ続けるドラマから受けた影響は大きいかもしれません。
『何食べ』では、時間の流れを現実と同じ速さにしました。そうじゃないと辻褄を合わせるのが大変だし、電子機器の変化なんかも絶対描ききれないと思って。みんながスマホを持つようになれば、筧もスマホを持っているっていう。

――シロさんがケンジとの関係を隠さなくなる変化もさりげなく描かれています。

 近所の喫茶店に二人で行くところまで6巻かけたんですけど、40ページのマンガでその過程を描くとしたらオープンになるきっかけを劇的な形で作らなきゃいけない。でもこの作品にはそういうものはないんです。積み重ねたページ数が、それだけで説得力になる。実際の人生でも、変化のきっかけってわかりやすい出来事ではなくて慣れだったりしますよね。

©よしながふみ/講談社
©よしながふみ/講談社

――長期連載ならではの醍醐味ですね。

 思いがけず長く連載させていただいたおかげで、筧の両親に二人が挨拶に行くというエピソードも描けました。これも短いページ数で描いたらファンタジックに見えるかもしれないけど、7巻目のエピソードだったのでこれだけ一緒に暮らしてきたらそういうこともあるよねって。
 その後さらに続きを描けたので、親からやっぱり「もう正月に来るな」って言われちゃったっていうエピソードも描いて。それだけにクローズアップしたらしんどいことだと思うんですが、仕事も生活もある。普通に暮らしているけどお正月になると胸が痛むみたいな形で、人生の大事件も日常の中の一部として描きたいなって思っています。

――去年の年末年始には二人は何を食べていたっけ、と思い返したりするのもこの作品ならではです。

 時間が流れるのは思った以上に早くて、あっという間に筧もケンジも50代になっちゃいました。いつか老人ものを描きたいと思ってたんですけど、このまま連載が続けばこの作品で描けるなって。まだしばらくは続くと思いますので、経年変化と老化をぜひ楽しんでいただけたらうれしいです(笑)。

ごはんを作るパートは“祈り”に似た何か

――4月からはドラマ版『何食べ』が放送されます。

 「夜中にぼーっと食べ物を楽しく見る感じのドラマになったらいいなあ」くらいの希望でいたら、まず役者さんがものすごく豪華で。私の中のエアプロデューサーが「予算は大丈夫なの」と言っています(笑)。ひたすら感謝ですね。

©「きのう何食べた?」製作委員会
©「きのう何食べた?」製作委員会

――ドラマ化にあたって何かお願いしたことはありますか。

 基本的におまかせしているのですが、漠然と企画が決まった時にお伝えしたのは「メシもの」としてのバランスです。ストーリーがマンガと同じである必要は全然ないんですけど、ごはんとお話の部分が半分ずつっていう作品のバランスだけは変えないでほしいって希望を出しました。この作品にとってごはんを作るパートは、ただひたすら手を動かす部分も含めて、とても大事なシーンなので。“祈り”じゃないですけど、その時間で心が静かになるというシーンだから、あるといいなって。
 あとは「あさりは冷凍できる」とかの情報もできれば入れてほしかったんですね。マンガのおもしろさの一つってそういう情報提供かなと思っていて、私はこのマンガを描く前に何が冷凍できるのかすごく調べました。冷凍した貝を初めて料理した時は衝撃でしたね、「おい、貝の奴ら生きてるぜ⁉」みたいな。

――もう撮影はご覧になりましたか。

 はい。あの、すごーく変な言い方なんですけど、似てるんです……! 西島秀俊さんは筧だし、内野聖陽さんはケンジそのもの。内野さん演じるケンジがトースト食べている時に肘が内側に入っていてすごくかわいかったんですけど、「でもケンジは“タチ”なんだよね」ってちゃんとわかって演じてくださっていて。夫婦になった男女がことさらに恋人然していないのと同じように二人の空気感も絶妙で、素敵でした。
 食べ物も、ドラマでは1つの献立を撮影するのに料理途中から出来上がりまで何食も作るんですよね。そうやって作ったものを最後に皆さんで召し上がって、全部ちゃんと胃袋に収まるんだそうです。そのことも嬉しかったです。私も放送をすごく楽しみにしています。

――ドラマも見逃せないですね! 今日はありがとうございました。

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