生の尊厳を求める水俣病患者たちの姿を描いた小説『苦海浄土』で知られ、昨年2月に亡くなった作家の石牟礼道子さんをしのんで、「石牟礼道子一周忌 映画、語り&対談の集い」(藤原書店主催)が3月1日、東京都杉並区で開かれた。石牟礼さんが残した作品と思想をめぐる議論に、約260人が耳を傾けた。
個人編集した「世界文学全集」に『苦海浄土』を収めた作家池澤夏樹さんは、会場にメッセージを寄せた。「石牟礼さんの心は、体と共に消えたかもしれない。しかし魂は体から離れることができる自由な存在。水俣の言葉でいえば、されく(さまよい歩く)のです」
そして、「いまも石牟礼さんの魂は、水俣病の患者さんたちの魂と融合したように、僕たちの魂と触れ合おうとしている。それが実感できなければ、著書というアンテナを使ってください」と呼びかけた。
詩人の吉増剛造さんと文化人類学者の今福龍太さんは「石牟礼道子の原点」と題して対談。吉増さんは、石牟礼さんが精神を病んだ祖母「おもかさま」を詠んだ短歌を朗読した。
《狂ひゐる祖母がほそほそと笑ひそめ秋はしずかに冷えてゆくなり》
石牟礼さんは幼少期、家を飛び出してさまよい歩く祖母の世話を任され、「魂が入れ替わる」感覚を抱くほど心を通わせていた。吉増さんは「一番根にあるのは、おもかさま。(2人の間にある)通路を見極めるのがポイントだろう」。
一方、今福さんは「死んだ妣(はは)たちが唄(うた)う歌」というエッセーに注目した。夢の中で祖母を背におぶう石牟礼さん。すると祖母は赤子の姿に変わってしまい、その顔を見ると、亡くなった母だったという話だ。
今福さんは、石牟礼さんが作品の中で「母」「妣」という二つの字を使い分けていると指摘。「母」が短歌で使われたように肉親を表すのに対して、「妣」という字には「代々の母を連なって流れていて、常世(とこよ)につながっていくような、集合的な意味での『はは』」のイメージが託されているという見方を示した。
民俗学者の折口信夫は「『妣が国』は、われわれの祖(おや)たちの恋慕した魂のふる郷(さと)」(「妣が国へ・常世へ」)と書いている。吉増さんは「石牟礼さんを語ることには、近代文学より、はるかに深いところを引き出す力がある」と話した。(上原佳久)=朝日新聞2019年4月17日掲載
編集部一押し!
- 季節の地図 知らない時代 柴崎友香 柴崎友香
-
- 中江有里の「開け!本の扉。ときどき野球も」 自力優勝が消えても、私は星を追い続ける。アウレーリウス「自省録」のように 中江有里の「開け!野球の扉」 #17 中江有里
-
- 杉江松恋「日出る処のニューヒット」 君嶋彼方「春のほとりで」 10代の日々を活写、青春小説作家の代表作が生まれた(第17回) 杉江松恋
- コラム 読んでぐっすり 眠りにつく前に読みたい絵本・童話集4選 好書好日編集部
- BLことはじめ 「三ツ矢先生の計画的な餌付け。」 原作とドラマを萌え語り! 美味しい料理が心をつなぐ年の差BL 井上將利
- 谷原書店 【谷原店長のオススメ】梶よう子「広重ぶるう」 職人として絵に向かうひたむきさを思う 谷原章介
- トピック 【直筆サイン入り】待望のシリーズ第2巻「誰が勇者を殺したか 預言の章」好書好日メルマガ読者5名様にプレゼント PR by KADOKAWA
- 結城真一郎さん「難問の多い料理店」インタビュー ゴーストレストランで探偵業、「ひょっとしたら本当にあるかも」 PR by 集英社
- インタビュー 読みきかせで注意すべき著作権のポイントは? 絵本作家の上野与志さんインタビュー PR by 文字・活字文化推進機構
- インタビュー 崖っぷちボクサーの「狂気の挑戦」を切り取った9カ月 「一八〇秒の熱量」山本草介さん×米澤重隆さん対談 PR by 双葉社
- インタビュー 物語の主人公になりにくい仕事こそ描きたい 寺地はるなさん「こまどりたちが歌うなら」インタビュー PR by 集英社
- インタビュー 井上荒野さん「照子と瑠衣」インタビュー 世代を超えた痛快シスターフッドは、読む「生きる希望」 PR by 祥伝社