初めて座禅を組んだとき“無”になる難しさを思い知った。数十年経った今でも完全に雑念を拭い去る次元には達していない。日常のあらゆるシーンにおいて、立ち現われては消えていく頭の中の漠とした何か。その周辺を採れたて野菜を洗うようにキレイにして差しだしてくれるのは、本作の主人公・花さんだ。
母親が家を出ていき、小学3年生で父親と2人暮らしになった花さんは、気落ちした父を見るうち、今まで知らなかった一面に気付く。人と人の縁は箍(たが)にもなる。ゆえに縁が薄まると箍が緩み、隠していた一面がまろびでる。著者は人生を味わい深くする瞬間を日常と絡めてさらりと描く。その力量は、これがデビュー単行本とは思えない巧(うま)さ。
少し成長した花さんは、クラスメイトやその親についても思考を巡らせる。仲良くなった子、疎遠になった子。後者の子がいたとしても、花さんは焦らない。「正直(中略)あんまり気にならなかった」と、自分の本心と向き合うからだ。指向性が増幅しがちな世の中で、この作業を怠らない花さんは安易に流されることなく、日々、新たな視点を獲得してゆく。小学生にして凜(りん)と立つ彼女を見て思う。なんて頼もしいのだろう、と。=朝日新聞2019年5月4日掲載
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