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変わる科学、変わるSF 作家・円城塔

  • ピーター・ワッツ『巨星』(嶋田洋一訳、創元SF文庫)
  • 郝景芳『郝景芳短篇集』(及川茜訳、白水社)
  • 柴田勝家『ヒト夜の永い夢』(ハヤカワ文庫JA)

 科学はすっかり、人間の内面、社会と切り離せないものになってしまった。情報端末は個人の生活に深くくいこみ、大規模な統計が社会を観察する道具として使われはじめ、知能なるものを機械が扱うようにもなってきた。

 科学が変われば、当然SFも変化していくことになる。

 科学技術の浸透による人間の変容に注目し続けている作家にピーター・ワッツがいる。たとえば、人間が自分の脳の状態を制御できるようになった場合に、意思とはなにを意味することになるのか。

 初期から現在までの短篇(たんぺん)を集めた『巨星』はその思索が進展する過程と読むこともでき興味深い。

 同様のテーマを多く扱い、短篇集『ビット・プレイヤー』が同時期に刊行されたグレッグ・イーガンが内向きの視点を得意とするなら、ワッツはあくまで外向きということができるかもしれない。

 中国系アメリカ人作家ケン・リュウによる精力的な紹介により、これまであまり見えていなかった中国産のSFが、英語圏でも知られるようになってきた。リュウ編集の中国SFアンソロジー『折りたたみ北京』の表題作に採られた郝景芳(ハオジンファン)の作品を集めた『郝景芳短篇集』の射程は、科学と社会設計の関係にまで及ぶ。物理学と経済学の学位を持つ彼女の仕事は現実の社会活動にまでつながっており、ジャンルうんぬんを超えた広がりをもちそうである。

 年内には近年の中国SF中最大の注目作、劉慈欣の『三体』の日本語訳も刊行予定で、中国SFの勢いはすさまじい。

 日本でも、新人のSF作家の活躍は目覚ましい。新刊の棚に並ぶ名前に一新の感がある。

 柴田勝家の『ヒト夜の永い夢』の主人公は博物学者の南方熊楠。彼は、新天皇即位の記念行事でのお披露目を目指す、思考する自動人形の設計に巻き込まれていくことになる。

 昭和を迎えようとする時代を舞台に、実在した人物たちを巧みに配置し、あったかもしれない歴史が描かれるのだが、その中心に置かれるのは粘菌によって作動する「天皇機関」と呼ばれる自動機械である。当時の科学と社会情勢、年号の切り替わりといった細部が巧みに令和元年の今に折り返されて、一筋縄ではいきそうにない。

 しかし本作で一番注目するべきなのは、SFという手法によって、南方熊楠という人間の全体像に、よりいっそう、迫りえたところであるかもしれない=朝日新聞2019年5月12日掲載