“影”を描くことで光が表現できる
――陰影のある柔らかなタッチで子どもの表情を細やかに描き出す絵本作家、岡田千晶さん。2014年に出版した『あかり』(文・林木林/光村教育図書)は、そんな岡田さんの絵の魅力を余すところなく味わえる一冊だ。女の子の誕生を祝って贈られた大きな1本のろうそく。ろうそくは女の子が幸せなときも辛いときもそっと寄り添い、人生の節目を穏やかに照らし出す。幸せな子ども時代と悩み多き思春期、結婚、出産、新しい家族との日々。そして緩やかに訪れる老い。女の子が年を重ねるごとに大きかったろうそくはどんどん小さくなってゆく――。人の成長とその一生が、ろうそくの“あかり”とともに静かなトーンで綴られ、胸に染み込んでくる。
初めてストーリーを読んだとき、「女の子が生まれてから老人になるまでを描く」っていうのは、すごく難しそうだな、私に描けるかしら、と思いました。お話をいただいてから制作に着手するまで2年かかったんですが、その間ずっとイメージを膨らませていて。場面ごとに小さなころの娘や、自分の母親のことを思い出したり。「いつかは自分も人生の最後にさしかかるときが来るんだな」と、絵本のストーリーに重ね合わせて考えていました。
物語の主人公は、ある一人の女の子とその誕生を祝って贈られた1本のろうそく。絵を描くにあたって、実際に大きな蜜ろうのろうそくを買ってきて、光の当たり方や角度をいろいろ試しました。ろうそくの光って、独特なんですよね。影がとても強く濃く落ちて、まわりの暗さが強調される。だから、「光を描く」というより、「影を描く」ということを意識して描きました。ろうそくのほかにも、柔らかな月の光、眩しい太陽の光、逆巻く嵐の海を一直線に照らす灯台の光……いろんな光が出てくるので、それぞれ描き分けています。
迷ったのはろうそくの大きさ。「娘のために両親が作ったろうそく」という設定なので、「長生きしてほしい」という親の願いを込めてそんなに小さなろうそくは作らないだろうと思ったんですね。一生の中の大事な場面が何回くらいあるか、どれくらいろうそくを付けるか計算してみると、ものすごく巨大なろうそくになってしまって(笑)。ただ、そこは絵としてのバランスも考えて、最終的にはほどほどの長さ、大きさのろうそくになりました。
鉛筆で細かく描き込まれた表情のリアルさ
――柔らかなろうそくの光と影。あかりで浮かび上がる女の子の様々な表情。鉛筆と色鉛筆で描き込まれた繊細なタッチに思わず見入ってしまう。思春期を迎えた女の子がベッドに寝転び、ろうそくの光を不安げに見つめるシーンでは、その表情にぐっと心をつかまれる。
思春期の不安定な心の内を表現するためにどんなポーズがいいだろう、ベッドに横になった体は丸まっていて、投げ出した足はこんな感じで……と下描き段階でいろいろ試しました。「女の子がリアルですね、モデルはいるんですか?」と聞かれることもあるのですが、彼女は自分の心の中にある「思春期のイメージ」そのもの。普段から映画や写真集などを見るのが趣味なので、いろんなイメージを頭にストックしておいて、絵を描くときはそこから再現するようにしています。
ストーリーをいただいたら、毎回まず物語全体の流れを把握するために「ストーリーボード」を最初に作っています。これを作ることでストーリーが自分なりに整理できるんです。絵を考えるときは常に「手で考える」っていうか……描きながらでないと考えられないんですよ。
『あかり』の場合、だいたいこのシーンでの女の子は何歳くらいと最初に設定してストーリーボードを描いてから、それを元に編集さん、文章の林木林さん、デザイナーさんと打ち合わせしました。何枚か場面ごとの下描きも持っていって見せたんですが、当初は扉(本のタイトルなどが載る最初のページ)として考えていたろうそくに火を灯す場面のラフを見て、デザイナーさんが「これを最初の見開きにしましょう」って提案してくださって。結果的に扉は「暗闇」から始まることになったので、次のページで灯されるろうそくのあかりが、より印象的になったと思います。
『あかり』では特に、デザイナーさんからいろんなアイデアを提案していただきました。ろうそくがクローズアップされるシーンでは、全部を同じサイズで同じ位置に描いたらどうか、とか。年月を経て小さくなっていくろうそくが視覚的に分かりやすいし、ページをめくるごとにリズムも生まれる。アートディレクターとして全体的な流れやデザインを考えていただいたことがとても効果的だったと感じています。
3人の子育てをしながら「自分の絵」を模索
――タッチや色使いにどこかしら外国のような雰囲気も感じる岡田さんの絵。影響を受けた絵本作家は?と聞くと、「子どものころから好きなのは『クマのプーさん』。E・H・シェパードさんの挿し絵が大好きだった」と語る。
「プーさん」と聞くと、ディズニーのかわいい絵を思い浮かべる人が多いかもしれませんが、原作の挿し絵はかなりイメージが違います。クリストファー・ロビンがプーさんを引きずりながら階段を降りているところ、橋から身を乗り出して川面をのぞいている後ろ姿……どの絵を見ても「なんていいかたち!」とほれぼれします。他にも『もりのなか』(福音館書店)で有名なマリー・ホール・エッツの『わたしとあそんで』(同)とか、児童文学だと「メアリー・ポピンズ」シリーズなども繰り返し読んでいました。とにかくファンタジーの世界が子どものころから大好きでしたね。
イラストレーターとして仕事を始めてからも、今のような画風になるまで「自分の絵」を模索していた時期がありました。ポートレイトを描いていたこともあったし、銅版画をやっていたことも。仕事を始めてすぐ出産したので、思うように仕事ができない期間がすごく長かったんです。3人の子どもを育てながら、ああでもないこうでもない、と試行錯誤して20年。やっと鉛筆と色鉛筆で描くスタイルに落ち着きました。
子どもたちも大きくなり、ある程度子育ても一段落したときに「あ、子どもの絵を描いてみたいな」とふと思ったんですよね。それまでは「大人を描きたい」と思っていたんですけど、子どもたちをいっぱい抱っこして触ってきた感触が、自分の手の中にありありと残っている。ぽちゃぽちゃした肌や脇に手を入れて抱き上げたときの重み。その感覚を絵本の中で表現してみたいなと思って。それで初めて手掛けた絵本が夫との共著『うさぎくんとはるちゃん』(文・おかだこう/岩崎書店)です。
一枚の絵からうまれた『ちいさな魔女とくろい森』
――最新作は『ちいさな魔女とくろい森』(文・石井睦美/文溪堂)。母親の「おおきな魔女」と娘の「ちいさな魔女」が病気の森を魔法で癒やす物語だ。月明かりの晩、かすかな不安をにじませながらも凛とした表情で木の上に立つ「ちいさな魔女」の姿が表紙を飾る。
この絵本の元となったのは、2014年に表参道のピンポイントギャラリーで開催された「100人の魔女展」に出品した一枚の絵なんです。タイトルは「風を待つ」。ほうきを持った小さな魔女が風を待っている。これから飛んでいこうという決意を秘めて……という設定で描いたんですが、絵を気に入ってくださった編集さんが絵本にしましょう、と声を掛けてくださって。作家の石井睦美さんが絵の雰囲気にぴったり合ったお話を書いてくださいました。
『あかり』と同じように、これも女の子の成長物語ですね。絵本や童話の挿し絵で男の子も女の子も描きますが、自分が感情移入できる物語はやはり女の子のほうかもしれない。活発な女の子というより、内向的。だけど内に秘めた芯の強さがあるような……そんな女の子を描くのが好きです。
絵本を描く面白さっていうのは、作家さんにいただいたお話を元にして、自由にイマジネーションを膨らませられること。文章には書かれていない行間を読んで「この子はきっとこういうふうに行動するだろうな」と想像しながら、絵を考え、一つの場面を作り上げていく楽しさがあります。
今でも一番描きたいのは、小さなころからずっと好きだったファンタジーの世界です。動物がとなりのおうちで普通に暮らしていたりとかね。絵本の中でなら何が起こっても不思議じゃない。「現実にこういうことがあったらいいな」と思いながら、ファンタジーをリアルに描いていきたいと思っています。