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映画「長いお別れ」の中野量太監督インタビュー これからの時代の映画

文:永井美帆、写真:有村蓮

――原作のある映画を手がけるのは今回が初めてですね。最初に原作小説を読んだ時はどのように感じましたか?

 前作の「湯を沸かすほどの熱い愛」(2016年)が公開される前、原(尭志)プロデューサーからFacebookか何かでオファーをもらいました。原作ものを依頼されることがなかったので、素直にうれしかったですね。小説を読みながら「僕ならこうするな」とか「こうやったら面白くなる」っていう想像がどんどん膨らんでいきました。こんな体験は初めてでした。

 僕が映画を撮る時にずっと大切にしてきた思いがあって、それは「今必要な映画」「今撮るべき映画」を撮るということ。原作を読んで、こういった認知症をテーマにした作品はこれからの社会に必要な映画だと感じました。小説には厳しい状況で懸命に生きる家族の姿が愛情とユーモアを持って描かれていて、自分が撮ってきた映画と似ていると思いました。ずっとオリジナル脚本に対する特別な思い入れがあったんですが、「これは映画にできるんじゃないか」と直感しました。不思議とオリジナル脚本へのこだわりを捨てること出来たんです。

©2019『長いお別れ』製作委員会 ©中島京子/文藝春秋
©2019『長いお別れ』製作委員会 ©中島京子/文藝春秋

――原作は三人姉妹でしたが、映画では二人姉妹になっているなど、いくつかのアレンジが加えられています。脚本も手がけた監督のアイデアでしょうか?

 脚本にする時にまず考えたのが、お父さんの認知症の進行度合いを4段階に分けるということ。そして、お父さんを軸に父母、娘、孫と三つの世代を描くことです。となると、三人姉妹では少し散漫だと思って二人姉妹にしました。もちろん原作には良い部分がたくさんありますが、半分オリジナルのような気持ちで脚本を書いていましたね。小説『長いお別れ』を自分のフィルターを通して映画にしたという感覚でしょうか。それが出来たのも中島京子先生が「自由にやっていいよ」と言ってくださったから。脚本を書く前に一度お会いしたんですけど、「一つだけお願いがあって、原作の持つ“おかしみ”だけは忘れないでね」と言われました。それこそ僕が一番得意とする部分なので、自信をもって「大丈夫です!」ってお答えしました。

 脚本は以前から付き合いのあった大野(敏哉)さんと共同で書いています。共同脚本というのも初めての試みなんですが、この作品で新しいことに挑戦してみたかったんです。2016年から脚本を書き始めて、結局2年くらいかかりましたね。もちろん、四六時中書いていたわけじゃないですが(笑)。

――その2年の間に認知症についても理解を深めていったのでしょうか?

 専門医の先生に取材をしたり、認知症についての講演を聞きに行ったりして、そこで聞いた話をいくつか映画の中にも入れています。例えば、映画の中でお父さんは出かける時に晴れていても必ず傘を3本持って行くんですが、これは専門医の先生から教えてもらったエピソードです。昔、子どもたちのために傘を持って迎えに行ったのが忘れられなくて、外出する時はいつも傘を持って行くっていう認知症のおじいさんがいたそうで、その話を聞いた瞬間に「映画に入れよう」と決めました。

 認知症をテーマにすると、どうしても暗くなったり重くなったりするけれど、僕はずっと「今の時代の認知症映画を撮りましょう」と言っていました。もちろん家族のことを忘れてしまう悲しさや介護のつらさはあるけど、その先生が「認知症っていうのは病気だから、家族の顔や名前を忘れてしまうのは当たり前のこと。でも、『この人は自分のことを大切に思ってくれている人なんだ』という気持ちは忘れないんです」と教えてくれました。その言葉にすごく納得したので、この映画には記憶を失っていくことを悲しんだり、落ち込んだりする場面は入れていません。

©2019『長いお別れ』製作委員会 ©中島京子/文藝春秋
©2019『長いお別れ』製作委員会 ©中島京子/文藝春秋

――お父さんを演じた山﨑努さんは、もともと原作小説を読んでいて、「この役のオファーが来るのではないか」と思っていたそうですね。そして、監督が書いた脚本を非常に気に入っていたともお聞きしました。

 キャスティングに関しては、いつも縁と巡り合わせです。山﨑さんは「自分のところに来ると思った」とおっしゃっていましたが、やっぱりそういう方にやってもらう方が良い作品になるんですよね。山﨑さんって少しこわいイメージがあるじゃないですか? 初顔合わせとなる食事会に緊張して向かったんですが、お渡しした脚本をとても褒めてくださって、お酒も進んで、あまり覚えていないんですけど5時間くらい語り合い、最後にはハグして別れたらしいです(笑)。後日、自宅にも招待してもらい、2人きりでお酒を飲みながら一日中映画談義をしました。撮影前にそうした関係性を築けたことは非常に恵まれたことだと思います。

――山﨑さんをはじめ、役者さんたちとの撮影はどのように進みましたか?

 山﨑さんは綿密にプランを立てて演じられる方です。今回は認知症のレベルが4段階に別れていて、しかもレベル1から順番に撮影していったわけではないので、かなり大変だったと思います。でも、山﨑さんは絶対に芝居を間違えないんですよね。どのシーンも「次はどんな演技を見せてくれるんだろう?」とわくわくしていました。お母さん役の松原智恵子さんが「お父さん、東京オリンピックまた一緒に見られたらいいですね」って呼びかけ、山﨑さんが子どものようにけなげに「はいっ」と返す場面があるんですが、この「はいっ」がまさに僕が欲しかった「はいっ」なんです。脚本には<分かっているのか? 返事をする>と書いてあるだけなんですけど。脚本を読み解いて、僕の演出を理解し、想像通り、いや想像以上の芝居で返してもらえるという監督として非常に幸せな現場でした。

――普段からよく読む本、好きな本はありますか?

 心の中にずっと残っているのは童話の『泣いた赤鬼』。小さい頃に母が読み聞かせをしてくれていて、毎回泣いていたらしいです。「青くーん、青くーん」って。この物語は「誰かのために自分を犠牲にする」ということを教えてくれますが、僕の作品にもつながる部分があると思っています。他の作品だと……そもそも僕、こういう仕事をしているのにあまり本を読まないんですよね。本を読むより日々の暮らしの中で出会った人や聞いた話、見た景色などを蓄積していき、映画を作って吐き出している感覚かな。一つ作ると自分自身が空っぽになっちゃうから、また色々ため込んでいかないとって思っているところです。

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