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皇室タブー、今も続く自主規制 「戦後日本ジャーナリズムの思想」著者 根津朝彦・立命館大学准教授

根津朝彦さん

 日本の報道機関は天皇や皇室への批判を自主規制しているのではないか――。そんな問いかけを含んだ著書『戦後日本ジャーナリズムの思想』(東京大学出版会)を、歴史研究者の根津朝彦・立命館大学准教授が発表した。ジャーナリズム史という視点の大事さを訴える一冊だ。

 報道への統制や弾圧が目立った「戦前」や「占領期」ではなく、「戦後」のジャーナリストたちの言動と思想に光を当てた。共同通信の原寿雄(としお)や矢島翠(みどり)、大阪読売新聞の黒田清といった人々が紹介される。
 「気骨のある記者たちがいたけれど研究対象にされることが少なかった。継承されるべき文化遺産があると訴えたかった」と根津さんは執筆動機を話す。

 新聞記者などの「組織ジャーナリスト」に注目し、その人たちが組織・経営の論理とジャーナリズムの論理との間で何を悩み、どう考えたかを分析した。
 「組織の一員であるという現実のもと、記者たちは様々な制約を受けています。経営の論理や社会体制との間でジャーナリストがどういう関係に置かれるのか。それを理解することは自由な社会を守るために大事な作業だと思います」
 昨今の天皇・皇室報道についてはこう語る。「先の大戦が天皇の名において遂行されたという事実がほとんど語られなくなってしまっています。ただ、皇室への批判を許さない構造を作っているのは報道機関自身だとも言える。『陛下・殿下・さま』という敬称を使い、明らかに特別な対応をし続けているからです」

 「ジャーナリズム史の研究が教えるのは、皇室タブーが戦前から戦後へ持ち越されている実態です」
 同書が注目を促すのは、大正デモクラシー期の言論弾圧事件として知られる1918年の「白虹(はっこう)事件」だ。政府を果敢に批判していた大阪朝日新聞(現・朝日新聞)の記事中に、兵乱の兆候を示す「白虹日を貫けり」という言葉があったことに当局が目をつけ、記者らを新聞紙法違反で起訴。「国体」に対する不敬であるとする右翼からの攻撃も加わり、同紙は存亡の危機に立たされた。

 謝罪と反省を表す「編集綱領」などを発表し、朝日は何とか発行禁止処分を免れた。経営を存続させるために天皇制国家への支持を表明する屈服的な行為だった、と根津さんは説く。
 「社の姿勢を示すものとして綱領に盛り込まれたのが、戦後も報道関係者が使い続ける『不偏不党』というキーワードです。それは白虹事件では、政府とりわけ国体を批判しないとの含意で使われたのです」

 「不偏不党がジャーナリズムの目標を表す概念というより経営にとって都合のよい概念として使われた歴史は、まだ清算されていません。報道機関が天皇制をどれだけ批判できるかは、今も社会の自由度を示すメルクマール(指標)です」(編集委員・塩倉裕)=朝日新聞2019年5月22日掲載