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道尾秀介さんが中学のときテレビから流れてきた曲「ENDLESS RAIN」 休み時間にみんなでサビを熱唱

 あれは忘れもしない中学一年生か二年生かそのくらいの頃。一人きりの夕食を食べ終えてテレビをつけたら、ちょうどCDのコマーシャルをやっていた。よくあるタイプの、収録曲がワンフレーズずつ次々に流れていくという構成で、「ずがががが」「うぉーい!」「くっれないー」「ずんたぽ、ずんたぽ」「せれぶれいしょっ!」「えーーーん、れっせーーーぃん」……この最後のバラードがとにかく強烈なインパクトだった。単純なのに忘れがたいメロディ。トゲが肌に触れてくるようなのに綺麗な歌声。なんとも繊細なピアノのバッキング。当時は両親が共働きで遅くまで帰ってこず、夜はいつも兄と二人きりで、その兄ともほとんど口を利かなくなっていたので、僕の心は隙だらけだった。その隙に、バラードのサビがぷすっと刺さった。ワンフレーズであんなにインパクトを受けた歌は「おっぱいがいっぱい」以来で、僕は空っぽになった食器を前に、たったいま食べたものよりもずっと、そのバラードが自分の身体に大きく不可逆的な影響を与えたことを意識していた。

 翌日、クラスの何人かが同じCMの話をしていた。その中に、Xというバンド名や「Blue Blood」というアルバム名を知っているやつがいたので、僕は放課後を待ち、家に財布を取りに走ると、レコードショップですぐさまそのアルバムを手に入れた。僕だけではない。みんな買った。人がCDをあまり購入しなくなった現代(いま)では信じられないくらいだけど、一週間ほど経った頃には、クラスの半分くらいが持っていたのではないだろうか。
 バラードは「ENDLESS RAIN」というタイトルだった。ハマるという言葉が当時あったかどうか憶えていないが、僕たちはまさにその状態となり、休み時間になるとみんなで「ENDLESS RAIN」を歌った。いつもきまって一人か、ときには二人くらいが、机をピアノに見立て、瞑目しながら憑かれたように両手を動かした。サビのフレーズは「えーーーん、れっせーーーぃん」のあと「Fall on my heart」とつづくのだが、みんな英語なんてよくわからないから、「ファーローマイマー」などと熱唱していた。

 その後、アルバムに収録されていたほかの曲にもすっかり惚れ込み、僕は完全なるXのファンとなった。まだ我が家に到来して間もなかった録画機器を駆使し、Xが出演する番組はすべて録画し、休日には新宿まで出かけて、それぞれのメンバーがインディーズ時代に出したCDを買い集めるなどした。それでは飽き足らず、エレキギターと楽譜を購入してXの曲を弾きまくるようにもなった。やがて僕の髪~が肩まで伸びて、ついでに金髪となって、バンドやろうぜ~ふむ~ふむ~ということで、ロックバンドを結成するまでに至った。が、Xの曲はキーが高すぎて歌えず、さらに当時は洋楽も同じくらい好きになっていたので、ライブで演奏していたのはアメリカのロックだった。でもXの曲はやはり好きだったので、メンバーに内緒でアルバムはぜんぶ買いつづけていた。

 作家をやりながら、ときおり音楽の仕事をさせてもらっている。作詞や作曲が、小説に思いもかけない発想を与えてくれているときもある。これもすべて元をたどれば、三十年ほど前にテレビから「ENDLESS RAIN」が流れてきたおかげだろう。
 あの曲を演奏していたメンバー五人のうち、二人はもうこの世にいない。自分に不可逆的な変化を与えてくれたことに、深い感謝を捧げるとともに、お二人の冥福を心から祈っている。