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西原理恵子さんのベストセラーを松島直子さんが漫画に 「女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと」

文:澤田聡子 ©松島直子/小学館

デビュー前の「お守り」が西原さんの本だった

――『すみれファンファーレ』の最終6巻が発売されてから2年。ファンとしては待ちに待った新作が読めてうれしいです! 『すみれ~』完結後は、どんなふうに過ごされていたんでしょう。

 『すみれファンファーレ』が終わってからは、漫画に対する情熱も才能も自分にはもうないと思って、そろそろ見切りをつけなくてはいけないなと思っていました。連載や読み切りのコンペに落ちる生活を続けながらも、声をかけてくれる編集者の方がちらほらいてくださったので、細々とネームを描いていました。やっぱりまだ辞めたくなかったんですかね(笑)。

――西原さんの作品は昔から読まれていたんですか。

 西原さんの著作は膨大ですべて読みきれていないのですが、漫画は『上京ものがたり』『ぼくんち』などが好きでした。西原さんの作品はわははと笑いながら読んでいても、途中から青紫のインクが心にポトっと落ちるような味わいのあるシーンがあったりして、しんとした気持ちになります。『はれた日は学校をやすんで』も大好き。なんて表現が瑞々しいのだろうと思い、びっくりしました。「できるかな」シリーズや『毎日かあさん』は、この仕事の話が来てから購入し、読みました。

 漫画はもちろんなんですけど、西原さんの文章が好きです。特に自分が漫画家デビューする前の悶々としていた時期に読んだ西原さんの自伝的エッセー『この世でいちばん大事な「カネ」の話』にはすごくエネルギーをもらいました。一時期は「お守り」みたいに、カバンの中に入れて持ち歩いていました。

思春期の娘への「戸惑い」がそのまま描かれた原作

――漫画化のお話をオファーされたときの気持ちをご自身のブログで「最初は自分には荷が重いかも、と感じたけどやっぱり挑戦してみたくなった」と綴られていますね。

 お話をいただいたときはびっくりして、少し興奮しました(笑)。『この世でいちばん大事な「カネ」の話』には思い入れがとてもありましたし。『女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと』はその時点では未読だったんですが、初めて読んだときの正直な感想は……「なぜかこの本の核のようなものがつかめない」という。非常に焦って、私はこの仕事を受ける資格がないかなぁ、と思いました。

 西原さんの幼少期や思春期、漫画家としての駆け出し時代、そして結婚生活と子育て……と、ご自身を振り返った内容についてはよく分かるんですが、なんだか自分が今まで読んできた西原さんの本と違って核がつかめない。でも、何回も繰り返し読んでいくうちに、この本って娘さんの反抗期を目の当たりにした戸惑いがそのまま表れた本なのではないかと思い当たったんです。

 私に子どもはいないんですけど、子育てってきっと「何年たったからベテラン」というのはないのかもしれないな。「今」が一番新しくて、親も子も何が起こるのか分からない。この本はそういう揺れる心のまま、娘さんや女の子たち……もしかしたら思春期の子どもとの関係に悩んでいる親御さんたちに宛てた「人間らしいお手紙」なのかも。そう考えたらすごくスッキリしたんですよね。「ここ読んでみよう」ってちょっとページを開いて、そこでポツポツ語られる西原さんの言葉を噛みしめるような。

 西原さんがこれを書かれたときって、娘さんは16歳でおそらく一番多感な時期ですよね。本を読んでいると「私があなたに言えることはこれぐらいなんだよね……」っていう、寄り添う姿が見えたような気がして。この本に限らず、西原さんの本って「失敗しちゃったよー」ってしょんぼりしてたら、「大丈夫大丈夫」って言ってくれて、そのあと「私もそうだったよ。がんばれがんばれ」って、程よい手応えでお尻を叩いてくれるような優しさを感じます。

 2007年に亡くなった夫の鴨志田穣さんとの日々も今までより踏み込んで書かれているような気がしました。鴨志田さんのアルコール依存症やDVのことは、書くことでご自身を癒やして乗り越えようとされている途中のように感じました。それも含めて、教科書的ではない「一人の母親としての記」という読後感があります。

一度きりの人生、どうやって幸せに生きるか

――原作で松島さんの心に響いたのはどんなところでしょう。個人的には「いい子にならなくていいんですよ。いい子は、幸せを人に譲っちゃうから。(中略)あなたが笑うとあなたの大切な人が笑うよ」というメッセージにグッと来ました。

 この本にはいろんな要素が詰まっているんで、バチッとは言えないんですけど、「人間らしく」っていうのが一つのキーワードのように印象に残りました。その中で「自分の幸せを大事にする」っていうことを、西原さんは繰り返しおっしゃっていますよね。自分の幸せを追い求めて闘うと、ときには返り討ちに遭うような感じで、傷ついてしまうことだってある。どうしても太刀打ちできないような人や事柄に直面して……でも「自分を幸せにするために頑張った」っていう事実はちゃんと残る。人間って、そういう経験を繰り返すことでだんだんタフになって、自信がついていくものなのかもしれません。そして「自分の幸せを大事にする」、それを見つめることで、自分以外の人の幸せに対する想像力がより育まれるのではないかと思いました。

 あとは、西原さんは「『身体』と『心』を切り離して考えてみる」という考え方をされているんじゃないかと感じることがあります。それはいわゆる自分を客観視してみる、という言い方に置き換えられるのかもしれないのですが。「まずは身体を、手を、動かしてごらんよ。そうするとそこが起点になって、自分が発電所みたいになってね、どんどん動きたくなって、生き生きしてくるよ。心もきっと付いてきてくるよ」っていう。そういう考え方が好きです。頑張りすぎちゃいけないよ、自分をいじめすぎちゃいけないよっていうことも知りながら。

影のある「るりか」、元気な「とりこ」のダブルヒロイン

――連載は「小学館キッズパーク」という子ども向けのウェブサイトで発表されています。主人公の2人を小学4年生、10歳という年齢にしたのはなぜでしょう。

2人の主人公、るりか(上)と、とりこ(下) 『女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと』第二話「とりこ」より ©松島直子/小学館
2人の主人公、るりか(上)と、とりこ(下) 『女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと』第二話「とりこ」より ©松島直子/小学館

 連載する「小学館キッズパーク」の読者層がだいたい小学生やその保護者の方々ということを聞いていたのですが、自分が小学生のころも普通に自分より年上の主人公の漫画を愛読していました。だから、最初は中学生ぐらいの子が主人公でも、子どもたちは読んでくれるんじゃないかな?と思っていたんですよね。でも、担当編集さんから「思春期の子が主人公でこういったテーマのものはあると思うので、小学生を主人公に据えたほうが、新鮮だし原作のメッセージがより活きるんじゃないか」と意見をもらったんです。

――ウェブサイトでは英語バージョンもありますね。

 これは担当編集さんの「日本語が母語でない子どもや、海外の子どもたちにも読んでほしい」という思いから。担当さんは「いずれは単行本を海外の子どもたちにも届けたい」という展望を当初から思い描き、伝えてくれていました。日本にも英語のほうが得意なお子さんがいらっしゃると思うので、読んでもらえたらうれしいです。

――主人公は、どこか影のある少女「るりか」ちゃんと、バスケが得意で明るく元気な「とりこ」ちゃん。一見、正反対にも見えるような2人のキャラクターなんですが、ダブルヒロインにしようと思った理由を教えてください。

『女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと』第一話「るりか」より ©松島直子/小学館
『女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと』第一話「るりか」より ©松島直子/小学館

 るりかのお父さんはアルコール依存症、とりこはシングルマザー家庭という設定なんですが、これを1人の女の子に背負わせて描くのは自分が辛くなると思いました。ちょうどそのころ、柚木麻子さんの『本屋さんのダイアナ』(新潮社)という小説を読んでいて、その本もダブルヒロインだったので、セレンディピティーというんですかね。「おぉ! なんかぼんやり挑戦しようと思ってたことのお手本がここに」みたいな(笑)。2人の少女のお話が交互に語られていく構成が、素晴らしいと思いました。

 女の子たちのキャラクターはビジュアル面から考えていきました。『すみれファンファーレ』の菫も「眼鏡とサスペンダー」がトレードマークだったので、今回も何かそういう特徴が欲しいなと思って、とりこはオーバーオールにちょんまげ。それに対応する形でるりかの姿形を決めていきました。2人のビジュアルと性格が決まってからは、それぞれの家系図を描いてみたり。その上でアルコール依存症やシングルマザーといった原作の要素を散りばめて登場人物たちを作っていきました。

失敗したって何度でも立ち上がれる

――前作『すみれファンファーレ』に登場する菫のクラスメイトのベンちゃんやご近所に住む宇治原さんのお父さんもアルコール依存症ではないか……という描写がありました。子どもたちが読むということで、こうした大人たちを漫画で表現するときに心がけていることはありますか。

 「一度何か失敗してしまったら、終わりだ」っていうことは描かないようにしたいと思っています。失敗しても、再生できるっていうことは漫画の中で表現していきたい。しんどいですけどね。辛すぎることもいっぱいありますけどね、人生は。人にも物事にも幾度となくフラれますけど。「フラれてもくじけちゃ駄目だよ〜」っていう桑田佳祐さんの「祭りのあと」っていう曲の歌詞が心に浮かんだりしますね。好きな曲です。

 生きているってだけでスゴイことだよなーってたまにしみじみ思って、それを考えてるだけでぼーっとしちゃったりして(笑)。私なんて毎日なんにもできていない。もしかしたら子ども時代のほうが、色々できていることが多かったかもしれない。「普通」って一体なに?っていう問題もあると思うんですけど、私もいわゆる「普通」とされる道から大きく外れたところを歩いてきたんで……でも、だからこそ描けることがあるといいなと思っています。

 この作品は一体何なんだろう、ってずっと考えていて。大げさな表現で照れちゃいますが、原作の壮大な “読書感想文”になりそうな気がしています。1冊の本をこんなに何回も読んで自分の考えを深めていく作業ができるのはとても幸せなことだよな、と思って。去年の夏ごろからずっと西原さんのことを考えていますね。「あれは一体どういうことなんだろう」とか、「あれがまだわからないんだよなー」とか。歯を磨いてるときに、「やっぱりアレ、すごくいい言葉だよなー」って、急に心に染み込んできたり。ひゅんひゅんひゅんひゅん、いつも原作の言葉がまわりを飛び交ってる感じなんです。スーパーカミオカンデでしたっけ? あそこに現れるニュートリノみたいなイメージで(笑)。それをうまく捕まえられるときもある。

――本に貼られたすごい量の付箋を見て、「壮大な読書感想文」という表現に納得しました。4月から連載がスタートして、まだまだ物語は始まったばかり。るりかちゃんととりこちゃん、2人の女の子がどういうふうに関わり合って成長していくのか、とても楽しみです。

 ありがとうございます! 私も楽しみです(笑)。