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世に別の視点示す芸術の一撃 スウィフト「ガリバー旅行記」

Jonathan Swift(1667~1745)。英国の作家、ジャーナリスト。

桜庭一樹が読む

 ガリバーについては、児童書で読んだ“小さな人間ばかりの国に行くエピソード”しか知らなかった。だから、「天空の城ラピュタ」の空に浮かぶ島の元ネタはこの本なんだよと聞いても、いま一つピンとこなかった。
 実はこの本には、四つの冒険譚(たん)が収められている。一つめが例の、小さな人間の国に行くお話。二つめが、大きな人間の国に行くお話。三つめが、天空の城に支配される国や不死の人間がいる国に行くお話。四つめが、高貴な馬の国に行くお話。どれも奇想天外で、面白いが、不気味でもある。いつの時代に生まれたどんな人が、どうしてこの物語を描いたんだろう?
 著者は一六六七年アイルランド生まれ。大学卒業後にイギリスに渡り、政治家の秘書として働いた。識字率の上昇、中産階級の増加に後押しされてか、著者自ら「世間を楽しませるより怒らせるため」と豪語する社会風刺的な作風が支持され、人気作家となった。
 本書の特徴は、主人公が旅に出るたび、小さな人間にとっては大きな人間、大きな人間にとっては小さな人間、不死の存在にとっては有限な命、高貴な馬にとっては野蛮な生物と、他者により、相対化され続けることだ。そのたびガリバーは、当たり前だと思っていた自分の在り方について、改めて考える。それはアイルランドから渡英した経験を持つ著者ならではの視点――“移民の視点”なんじゃないだろうか?
 また、大航海時代を終え、植民地支配を強める当時のヨーロッパでは、『ロビンソン・クルーソー』などの冒険物語が政治的イデオロギーを補強する役割を担ってしまっていた。そんな中、他者の存在を通して自己批判する旅人、ガリバーの登場は、帝国主義への強烈なカウンターともなった。
 世の中が一つの大きな流れを作るとき、それとは違う視点を提示するのも、芸術の大切な役割の一つだ。本書はまさに小説家、そして風刺家の面目躍如となる一撃だ。=朝日新聞2019年6月15日掲載