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一木けいさん「愛を知らない」インタビュー 親子や夫婦…「支配」めぐる謎、解き明かしたい

文:中津海麻子 写真:鈴木静華

 高校2年の涼と同じクラスの橙子は遠い親戚だが、幼いころから支離滅裂な言動を繰り返す橙子を、涼は「関わりたくない」と避け続けてきた。ところが、涼がピアノの演奏を担当する合唱コンクールで、クラスの中でも人望の厚いヤマオがアルトのソロパートになぜか橙子を推薦。指揮者の青木さんと4人、一緒に練習せざるを得なくなる。ぞんざいな態度をとる橙子に当初は困惑する涼たちだったが、彼女が抱える「ある事情」を知ることで見る目が変わり、橙子も仲間やその家族との触れ合いを通じ少しずつ心を開いていく。しかし、橙子はさらに誰にも言えない秘密を抱えていて――。

 「『支配』について書こうと思いました」。一木さんはそう語る。親子、夫婦、恋人、友達……近しい関係の中に生まれる「支配する、される関係」には幼いころから興味があったという。「父が支配的だったこともありますし、『この二人は支配関係にある』と感じた人たちを身近で見たことも。さまざまな人間関係を経験する中で、自分も誰かを支配していないだろうか、あるいは支配されたことはないか、と考えるようになりました。『支配』は私にとって大きな謎。だからこそ、掘り下げて書きたいテーマの一つなのです」

 物語は、高校生たちの友情を描きながら、一方で、家庭のなかで起こる虐待という重い問題に踏み込んでいく。「家族、家庭という圧倒的に『正義』である環境において、虐待が起きているという話はほとんど触れられないし、触れにくいのだと思います」。一木さん自身、このテーマを書くことで「正義」側から非難されるかもしれないと「ちょっと弱腰になった」と打ち明ける。しかし、そんな一木さんに編集者がかけた「ちゃんと向き合い、なめないで書けば読者は必ずついてくる」という力強い言葉に、腹をくくる。

 「どんな問題もそうですが、みんなの目に触れるいい面ばかりではない。そこから目をそらさず切り込んで書こう。そう心を決めました」

 一木さんの創作スタイルは、「プロットも何も決めずに一気に書き上げる」。今回は、しかし、数年前に浮かんだあるシーンがモチーフになったっという。

 「スクランブル交差点を、髪に羽をあしらった女の子が駆け抜けていく。それを見ている者たちが『行け!』と応援している――。そんな光景が見えたのです」

 2016年、「西国疾走少女」で第15回「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞し、同作を含む連作短編集『1ミリの後悔もない、はずがない。』でデビュー。「この作品もはじめは短編で書こうと試みたのですが、どうしてもうまくまとまらなくて。結局、書き下ろしの長編になりました」と一木さんは振り返る。
 物語の中で印象に残るのが、感情がこんがらがって苦悩する涼に対し、ピアノの講師・冬香が、支配された相手から逃げた自らの経験を語る場面だ。

 「それで、その人のすべてを、わたしの中の引き出しに分けることにしたの。たしかに大事にしてもらった。愛をもらった。(中略)だけど、そのよい方ばかりに目を向けると、つらくなっちゃうのよ。そんな人に対してこんなことを思う自分がろくでなしに思えて。だから、自分の中のぜんぶの感情を認めて、分けたの」

 「親子や夫婦のような近しい間では、愛されている、育ててもらっているという恩があるから罪悪感を感じ、支配から逃れることができない。これは小説にも書いたのですが、私は恩にも時効があっていいと思う」と一木さん。「でも……」と少し思案を巡らせ、こう続けた。
 「この作品を書いたことで、謎を紐解く鍵のようなものは見えたかもしれない。でも結局、支配が何かという答えは未だ見つかっていません」

 親の愛を知らずに育った少女は、周りの人たちの愛を知ることで一歩を踏み出し、風のように駆け抜けていく――。当初、物語は一木さんの頭の中に浮かんだそのシーンで終わる予定だった。しかし稿を重ねる中で、もう一人の「愛を知らない」登場人物にも一筋の希望の光を照らした。

 一木さんはこうメッセージを送る。
 「『普通』という言葉に引っかかる人に読んでもらいたい」
 普通の学校生活、普通の結婚、普通の母親、普通の家族……。普通こそ幸せという「普通礼賛」に生きづらさを感じている人に、はじめは口に苦いが、やがて救いをもたらす薬になるかもしれない。そんな一冊だ。