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木梨憲武さんの絵本「きもちのて」 嬉しいときも悲しいときも、たくさん気持ちを伝え合ってほしい

文:加賀直樹、写真:篠塚ようこ

――「おはよう」のページでは、躍動感みなぎるピカピカの「手」と「手」が、元気に挨拶しています。それから「すきだよ」のページでは、ふたつの「手」が優しく混ざり合うように描かれています。そもそも「手」に焦点をあてたのは、なぜですか。

 「手」、今回が初めてじゃないんです。25年以上前になっちゃうんですけど、アートに関わることになったバラエティ番組(日テレ系「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」)の1コーナー。あの時から「手」をモチーフにした作品を描いていて、以来、ひととひととの結びつきをテーマにした「リーチアウト」というアート・シリーズを描き続けています。

――あの番組の企画では、展覧会を開きましたよね。岡本太郎さんのマネ「木梨憲太郎」名義で、当時大きな話題となりました。もう25年以上経つのですか。

 あの時は、芸術に対してまったく触れたこともないのに、「ワタシの言うことを聞きなさい!」なんて言ってね。作品もないのに初めて展覧会をやるという、番組の企画だったんです。絵の具を全身に塗ったり、オレンジやグリーンの絵の具のなかにドボーンと入って、そのままキャンバスに飛び込んでポスターの作品にしたり。1回勝負ですよね。そこで最初につくったのが「手」。電動ノコでいっぱい切り取って張り付けたり、描いたり。あれ以降、展覧会は今に至るまでずっと開いていますが、「手」とは付き合いが一番長いんですよ。今回の絵本は、そんな「手」を、新しく描いて、色とかたち、言葉だったり気持ちだったりをのっけた本なんです。

――その「のっけた言葉、気持ち」とは、どんなものでしょうか。

 僕の展覧会、親子で観にきてくれることがとても多いんです。会場で子どもたちが遊んでいたりもする。「じゃあ、そこらへんの年代に向けて描いてみよう」と。それから、その子どもたちよりもっと下の世代に対しても。「ママ」だったり「マンマ」だったり……、言葉を覚えたての子どもたちに似合うような言葉。「これが『手』なんだよ、カタチなんだよ、色なんだよ」というのを、まだ解してくれない赤ちゃんにも。それから、もうちょっと大きくなった子どもに対しては、「さよなら」なのか「バイバイ」なのか。「ありがとう」なのか「サンキュー」なのか、というのも(描きました)。

――木梨さんはこれまでにも、妖精が出てくる絵本を描いていらっしゃいますが、今回の絵本はテイストが異なりますね。

 この本は、いわゆる、キャラクターが出てきて、彼らが笑ったり悲しんだり……、という絵本じゃないんです。どのように感じるか、だけ。1ページ1ページ、一つひとつの気持ちを、(この本の制作に関わる)チームみんなでつくった本なんです。

――ストーリーではなく、それぞれの見開きのページで、どう感じるかが大切なのだ、と。

 だから、僕みたいな57歳のじじいがページを広げても良いと思うんです。「なんでなんで」というページがあるんですけど、そこでは僕も「なんでやねん!」とかって文句言いながら眺めたり。「ぽろぽろぽーろ、かなしいね、さびしいね」というページでは、「おお、寂しい、悲しい。俺もいま寂しいんだよ」とか。それぞれ言葉が書いてあるんですけど、どういう言葉が(心に)入ってくるかっていうのは、それぞれ全員違ってオッケーだと思うんで。

――見るひとによって違うし、もしかしたら、その日の気分によっても違うのかも知れないですよね。

 余白がいっぱいあるんです。だから、きょう自分が思ったことを勝手に書いちゃってください。

――「やくそくだよ」「わかったかな」。各ページに散りばめられた言葉の数々は、どんなふうに考えていったのですか。

 うーん。テーマから入っていく場合……、たとえば「やくそくだよ」ってページでは、小さい子が約束したら、守らなきゃね、とか。それから、イメージから入っていく場合……、たとえば「すき」。「あ、これ、男のほうが好きなんじゃないか、女のひとはそうでもないんじゃないか」とか、考えを膨らませていった場合がありますね。われわれが毎日生活しているように、それぞれ自由に見てほしいと思うんです。あと、このテーマから会話が広がってくれたら嬉しいな、と。そういうのって絵本って言うんですかね?

――子どもがひとりで読むというよりは、親御さんといっしょにお話をしながら読む絵本。「読み聞かせ」とも、またちょっと違うのでしょうね、会話、コミュニケーションの手段としての絵本、というか。

 会話のクッション。「うん」とか「オッケー」とか、どんどん覚えていく言葉。初めて覚えたら、どんどん使いたくなるのがその年代ですよね。3歳? 2歳?

――ちょうど言葉を覚えたての頃ですよね。

 「ママ」とか「マンマ」からスタートするわけでしょ。……「パパ」って言わないねえ。寂しいな。「パ」の半濁音が覚えにくいのかもね。「ママ」言いやすいもんね。濁音がないから。

――米国ポップアートの先駆者・ラウシェンバーグ、それからグラフィティ・アートのバスキアが好きだそうですが、木梨さんが絵やデザインに関心を抱くようになったのは。

 小学4、5年生の頃だったかなあ。うちの親戚の3つ上の兄貴が、めっちゃくちゃ鉛筆でうまく(「巨人の星」の)「星飛雄馬」を描いたり、リンゴを描いたりするんです。正月とか夏休み、そこで集まると、その兄貴の周りに親戚が3、4人、男だけ集まって、紙と鉛筆を渡されるんです。そこで「日本で一番悪そうなヤツを描け」ってお題が出るんです。

――「日本で一番悪そうなヤツ」?

 みんな鉛筆を持ちながら、約10分間、描くんです。自由演技です。10分経って、「じゃあ、おまえから見せろ!」。誰がいちばん悪そうなヤツの絵を描けたか。俺が描いたのは、学ラン……、長ランで剃り込み(の不良学生)。よく、うちの自転車屋にすごく怖そうなひとが来ていたんで、その、ハンドルを絞った不良たちのイメージで描いたんです。

――祖師ヶ谷大蔵の「木梨サイクル」ですね。「とんねるず」ファンの来訪が後を絶たないという。たしかに当時、自転車のハンドルを絞る……、急角度に曲げるオリジナルの不良チックな仕上げが流行っていましたよね。

 うちのオヤジがハンドル絞っていたんですけど(笑)。店に万力があるんでね。ところが、俺たちが絵を見せた最後に兄貴が見せてくれる絵が、まあ、ホント、メチャクチャ悪そうに描かれているんです。迫力が全然違う。かなわない。俺たちがビックリしているうちに、第2問が出される。お題は、「見ていいから、(「巨人の星」の)伴宙太を描け、星飛雄馬を描け」と。

――こんどは模写大会が始まる。

 兄貴は、親指を使って鉛筆の筆跡をぼやかして、リアルな影を描き出していた。ホント、かないっこないんです。あとは、自分自身でノートや教科書に自分の好きな漫画を描いたり、パラパラ漫画を描いたり。たとえば、ただ鉛筆が落ちる様子をパラパラ漫画で描く。「いったい何枚描けば良いの」みたいな。そんなのも含めて遊んでいました。

――その絵に、色を付けていくようになったのは、いつごろからですか。鮮やかな彩色が、木梨さんの作品群の大きな魅力ですが……。

 それは「憲太郎」の時からですね。アクリル画で描いています。ただ、こういう表現って、何て言うんだろ、それぞれで。べつに5秒で描こうが、5時間で描こうが、絵の本質に差が出るわけではないと思うんです。

――と、言いますのは? 時間をかければ良いものができるわけではない、ということですか。 

 描きたいときに描くんです。このアトリエだったり、家だったり。道具はいっぱいあるので。子どもたちがいたら、「どんどん描け~」って。

――3人のお子さんと一緒に描くのですか。

 最近はレストランで、子どもたちにペンやクレヨンをわたす店があるぐらいでしょ。「わあわあ騒ぐんだったら」って。それから、「おまえ、ちょっとやめろよ、ここでゲームやるの」。携帯ゲームをやるよりは良いか、こっち(絵画)のほうが、とかね。家でもキャンバスをいっぱい置いておいて、彼らが描き始めたら、「おお、センセイ、ステキですね!」なんて言って描いてもらう。

――お子さんたちが「センセイ」、画伯なのですね。

 センセイたち、描いていって、最後はグチャグチャにしちゃうから。だから、「おっとっと、センセイ! このへんにしておきましょうか」って(取り上げる)。俺は、そのなかで良いと思った絵を選んで、「世界堂」とかの額屋さんに行って、どの額がいちばん良いかを決める日曜日、みたいな。で、自分ん家で、便所なのか廊下なのか、飾れるところに飾る。この遊びをしばらくやっていたんですね。うちの子どもが小さい頃。

――それ、とっても嬉しいだろうなあ。お子さんにとっては。

 いまでもずいぶん残しているの。長男、次男、長女の絵。描く時は、「センセイ、お願いします!」「センセイ、アウトライン(線)だけもらえますか?」「センセイの作品に俺、色を塗っていいっすか?」。そういうのもいくつか。

――父子合作。

 俺だったら、とても描けないような線を描くからね。どういうイメージで描いたかはわからない。「何か、クルマみたいの描いてあるなあ」とかね。「何、これ?」「宇宙ステーション」。そんな線、描けない。「色、付けさせて!」。しばらくそうやって、特に子どもたちが小っちゃい時はそれで遊んでいたんです。

――まさに、今回の絵本がそうであるように、木梨さんご自身も、親子間のコミュニケーション手段として絵を用いていたのですね。

 それぐらいしかないかな、親子のコミュニケーション。あとはずっと、(安田)成美さんが育てたから(笑)。

――この本を読めば、気持ちを伝えることについて、ちょっと考える契機にもなるかも知れません。

 仲良しなのか、そうでもないのか。中学生なのか、おっさん、おばさんなのか。そんなことも含めて、絵本を開いた瞬間から、読んでくれるひとたちの自由演技が始まるんです。「そちらでどうぞ」っていう。個人なのか、2人なのか、チームなのか、親なのか。それぞれの皆さんに置き換えて考えられると思うんです。

――想像して、気持ちに向き合って。そして、思った気持ちをページの余白に書き込むも良し。

 そうそう。どんどん書いて。だって忘れちゃうもん! 嬉しいときも、悲しいときも、絵本を通じてたくさん気持ちを伝え合ってほしいと思います。

――ちょうど来年にかけて「木梨憲武展 Timing-瞬間の光り―」が全国巡回中。7月13日からは浜松で、9月には名古屋で展示を控えています。来年には東京・上野の森美術館で開催しますね。

 その先もお声が掛かっているんです。「わかりました! 行っていないところ、どんどん行っちゃいましょう」って。会場の皆さん、笑顔で迎えてくれるんです。展覧会の準備が一番たいへん。美術館ごとに場所が変われば、見え方が変わってくる。どういうふうにみんなに見て頂くかをつくりこむ時間が、いちばん楽しく、興奮する時間です。「ああ、ここ天井高いから、もう5センチ上げよう」「入口のやつ、エンディングに持って行って」とか。

――土壇場で展示方法を変えることもあるのですか。

 はい。そのチームもやっぱり団体戦。(慣れていくうちに)どんどん準備のスピードも上がってくるから。万歩計を見るとずっと歩いているからね、膝、イテェ。腿、イテェ(笑)。「じゃあ、明日よろしく!」。それが楽しい団体戦です。浜松展からは、この絵本の原画も加えさせてもらいます。出口には、この絵本が並んで売られている。うまい作戦なんです(笑)。