フジテレビの「月9」といえば、かつては若い美男美女が恋愛模様を華麗に繰り広げるドラマで人気を誇ったが、近年はドクターものやコメディー、刑事ドラマが高い頻度でラインナップされている。キラキラの恋愛話には食傷気味? 『平場の月』が広く支持される理由も、それときっと無関係ではない。
主人公の青砥健将は50歳。老いた母を看るため地元に戻り、妻と別れ、小さな印刷会社で働く彼は、検査で訪れた病院の売店で、中学の同級生である須藤葉子と会う。ありふれた男女の再会。すぐに飲みに行く間柄になっても恋がぱっと燃え上がったりしないのは、二人それぞれに修羅場をくぐり、分別を身につけ、「身の丈」を案じて臆病になっているからだ。
噂が口の端にのぼりやすい閉鎖的な土地で、二人はじっくり距離を詰めていく。誰にも話せなかった過去や懐事情を打ち明けあい、表情の意味するところを察知し、外部からどんな情報が入ろうとも「青砥のなかで須藤の値段は下がらない」と確信できたころ、須藤に不運が襲う。大病を得るのだ。
人生の後半戦に入り、一人で生きていくと覚悟したあとで他人と関わることの逡巡と喜びを、小説は丹念に追う。発泡酒と廃棄処分の弁当、量販店の衣服。孤独死も想定済みの簡素なアパート。須藤は生活を切り詰め、人に寄りかからず生きてきた。闘病はしても自立をしていたい須藤と、頼られたいと願う青砥の、不器用な愛情表現のすれちがいが、のちの波乱を呼び込むのである。「須藤に会いたい。『青砥』と呼ぶ声が聞きたい。すがたを見たい」
ごくふつうの「平場」に生きる人々が、ふつうの幸せを希求することの、なんと尊く、人間くさいことか。若者でもなくキラキラもしていない彼らの恋愛の道行きだからこそ、その結末まで、読者は固唾をのんで見守ることになる。読後は、二人の人生のたしかな感触が、胸に落ちてくるのを感じるはずだ。
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光文社・1728円=10刷8万部。18年12月刊行。山本周五郎賞受賞、17日が選考会の直木賞候補に。担当編集者は「主人公に感情移入しやすいのか、50代男性によく読まれている」。=朝日新聞2019年7月13日掲載