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磯谷友紀さん「ながたんと青と」インタビュー 年の差夫婦の京都料亭奮闘記 

文:横井周子  ©磯谷友紀/講談社

戦後、京都、料亭、歳の差…好きなものがいっぱい

――1巻のあとがきに、この作品には「好きなモノをつめこみました」と書かれていました。

 そうなんです。ホテルとか調理の仕事は、ずっと描きたかったんですね。山口由美さんが書かれた『箱根富士屋ホテル物語』という本があるんですけど、すごくおもしろくて。ホテルの歴史をまとめた一冊なんですが、作者が創業者一族の末裔の女性で、ずっとご自分が見てきたものを書いてらっしゃるんですね。戦後の話がメインでやっぱり世襲の話も出てきて。戦後のホテルとか料亭、レストランなどの話をいつか描きたいんですと担当編集者に話したら、「じゃあ京都を舞台にしたらどうでしょう」とアイディアをいただきました。
 岡本かの子の作品や川端康成『古都』、大村しげ『京のおばんざい』などの本も雰囲気の参考にしています。特に岡本かの子の短編集は、会話が粋なところや、ごはん描写が美味しそうなところ、器が美しいところなどを取り入れられたらな、と思っています。

――本屋を舞台にした作品を描かれたこともある、読書家の磯谷さんならではのラインナップですね。ホテルと言えば『ながたんと青と』でも、女性なので実家の料亭を継がなかった、いち日は最初ホテルの厨房に勤めています。

 いち日は、お父さんが守ってきた聖域のような料亭の厨房に入るのにためらいがあって最初は入れなかったんですよね。当時は、厨房が男の人たちのもので、台所が自分たちの場所だったというか。

――戦後間もない時期の話ですね。

 戦後って明治・大正と比べると少女マンガの舞台になることは少ないかもしれないんですが、私は昔から祖母の戦時中や戦争直後の頃の話をよく聞いていて。女学校の話とか、暗闇でスイカをむさぼった話とか、大変な状況なんだけど、おもしろい話がたくさんあるんです。そういう経験も活かせるといいなって思ってます。

©磯谷友紀/講談社
©磯谷友紀/講談社

――実はいち日と周はそれぞれ他に好きな人がいて、そのことを互いに了解した上での結婚です。

 政略結婚みたいなものですが、顔もよく知らない人と結婚して同じ部屋で暮らしたりするっていうのは、今考えるとすごい話ですよね。普通なら、なかなかうまくいかないと思うんですけど、二人の関係や気持ちがどう変わっていくのか、この作品では細かいところを丁寧に描いていきたいです。

――『ながたんと青と』というタイトルも、その複雑な関係を予感させるところがありますよね。「ながたん」はいち日が愛する亡き夫から譲り受けた包丁で、「青と」はまだ若くて青い周のことだと思うんですが。

 ああ、そうですね。タイトルに方言を使いたくて、何かいい言葉はないかと探していた時に教えていただいたのが、包丁を表わす「ながたん」と青とうがらしを指す「青と」でした。ふたりをたとえてつけたタイトルですが、そういう風にも言えるかも。戦争で亡くなったいち日の旦那さんと周の想い人もあわせた四角関係は、連載中の雑誌「Kiss」でいよいよ描き始めたところです。

――楽しみです。そもそも今回は恋愛ものを描こうと決めていたとか。

 恋愛と歳の差も描きたかったんです。初連載した『本屋の森のあかり』もそうなんですが、これまで私は大体男の人の方が年上の恋愛を描いてきたので、今回は女性を年上にしたくて。いち日が大正生まれで、周は昭和生まれ。昭和と平成、令和生まれの違いみたいな(笑)。
ただ、描き始めは恋愛をメインにしようと思ってたんですけど、やっぱり仕事を描きたくなってきてますね。

©磯谷友紀/講談社
©磯谷友紀/講談社

読むと仕事をしたくなるマンガにしたい

――『ながたんと青と』では女性が仕事するということをすごく丁寧に描かれてますよね。

 ありがとうございます。私自身がこの作品で好きな部分もそこなんです。読むと仕事をしたくなるようなマンガになればいいなって思いながら描いてます。
 朝ドラの「カーネーション」が大好きだったんですけど、ひたすらパッチを縫ってるとか百貨店の制服を作るところとか仕事エピソードがどれも素晴らしくて。影響を受けていると思います。

――仕事を描く上で、特に手ごたえを感じたシーンはどこですか。

 印象に残っているのは3巻に収録された、女性の料理人を認めない男性のお客さんに性差別的なことを言われるシーンです。そこでいち日はかなり落ち込んだんですけど、そのあとすぐにふつうに「料理楽しい」って戻ってくるんです。あそこは描きながらも、キャラクターとして「すごい。強いな」と思いましたね。私だったらムカつくし、落ち込むし、かなり引きずると思うんですけど。

――腹が立ちますよね。お客様相手なので気持ちを飲み込んで。

 そうそう。でもやっぱり彼女の中では料理楽しいって気持ちがいちばんのメインだから、つらいことからちゃんと立ち直れるんですよ。で、また次の料理を作るんです。自分でも「ああ、いいな」って思いましたね(笑)。

©磯谷友紀/講談社
©磯谷友紀/講談社

――周も「いち日と桑乃木には可能性がある」と言って、無茶振りをしつつも、絶妙なサポートをしています。

 私は真面目がすぎて変って言われちゃう感じの人がすごく好きなんですけど、周もそう。60年前の日本だとかなり難しいんじゃないかと思うような現代的な考え方を持っていて、妻が仕事をしているのが好きなんですね。三巻で養子が登場するんですけど、さらっと区役所行ったりするのは周のほうなんです。今のところ周はいち日に対して女性的な魅力はあまり感じてないと思うんですけど、働く姿とかをすごくほめてくれるのでいいなって(笑)。すごくいい年下部下みたいな感じなのかもしれません。上司のやる気を出させるのがうまい部下!

――性格的には合わないところもあるけど仕事的には相性が最高っていうバディみたいな二人ですね。周は磯谷さんの作品の代名詞とも言えるメガネ男子ですが、ほくろもチャームポイントです。

 メガネはね、本当にほっとくと私はメガネを描くので。むしろメガネがいないと落ち着かない(笑)。兄弟を描くのも好きなんですが、周含めた山口三兄弟は色が白くて、みんな顔の違う部分にほくろがあるという設定です。 次男はまだ姿を見せてないので楽しみにしていただけたら。

おいしい料理を前にしたら素直になる

――いち日と周のケンカばかりの会話も、つい笑ってしまいます。いち日は京都弁ですが、周は標準語。周は大阪出身ですよね?

 ふふふ。いち日には敬語を使っているので、周はイントネーションを隠してるんです。彼は心を許した人にだけ大阪弁を話すんですよ。今はまだちょっと取り繕ってますよね。はんなりした京都と、どんどん新しいものを取り入れていく大阪っていうイメージも二人にはのせています。
 私、会話を描くのがすごく好きなんです。将来『ながたん』で描きたいなと思って考えた五行くらいの会話のメモがいっぱいあります。

――おしゃべりでは素直になれない人たちが、料理を食べるとすごく正直な顔になってしまうギャップがいいですよね。やはり料理はこの作品の見どころのひとつですね。

 おいしいごはんの力はすごいですよね。周は食べている時はすごくいい反応をしてくれます。「素直か⁈」っていう(笑)。だからやっぱり料理はおいしそうに食べる場面をすごく考えています。実は絵的には一番時間をかけている部分かもしれない。なかなかバリエーションが難しいんですが。

©磯谷友紀/講談社
©磯谷友紀/講談社

――料理はどんなふうに考えていらっしゃるんですか。

 先にストーリーの打ち合わせをして、例えば「この回ではパイ包みのスープを使いたい」などのアイディアとしての希望だけを料理監修者の方に伝えて、メニューを構成していただいています。2巻で描いた40人の接待の時は、厨房にはいち日ひとりしかいないという設定だったので、「作り置きできて、ひとりでも大人数の方に用意できるものってありますか?」って聞いたり。「今回は外国の人との交流を目的としているので手巻き寿司にしたい!」というのはこちらで決めて、中に入れる具については監修の方に相談しました。手巻き寿司にスクランブルエッグと京漬物のタルタルソースとか、ものすごくおいしそうだけど絶対自分じゃ考えつかないものを提案してくださるので本当にすごいなあと思います。

――磯谷さんご自身も家で作ったりされるということですが、これまでに描かれた中で特にオススメのレシピはありますか。

 簡単なものだったら、「錦糸卵と、しいたけのたいたんのせ冷や麦」!「しいたけのたいたん」はおいしいし一度にたくさん作れてこれからの季節何にでも使えるので、すごくいいですよ。

――いち日と周が台所に一緒に立って作った料理ですよね。挑戦してみます! 最後に今後について、少しだけ聞かせてください。

 これからいち日と周の関係も含めてお話がさらに大きく動いていくことになりそうです。この作品は描く前にだいたいの年表を作ったりもしたんですが、養子のみっくんがきたのは実は計算外でした(笑)。みっくんもまだ胸につかえているものがあるので、徐々にその理由も描いていきたいなと思ってます。駆け落ちした、いち日の妹のふた葉が今どうしているのかとか、さっきお話しした周の次兄のこととかも含めて、描きたいことは、まだまだたくさんあります。

――3巻以降もますます盛り上がりますね。楽しみです。今日はありがとうございました。