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中山祐次郎「泣くな研修医」 がむしゃらだった頃思い出す

 教師や各種指導者、弁護士や医師など、「先生」と呼ばれる人々には、その道に精通した頼れる人格者であって欲しい、いや、そうあって然るべき、という思いをつい抱いてしまう。

 ところが、本書の主人公である研修医1年目の雨野隆治は、何も知らない。医学部を卒業し、鹿児島から上京、下町にあるベッド数500床の総合病院の外科で研修医として働き始めて数カ月になるというのに頼りないことこの上ない。救急外来の当直中に搬送されてきた患者を診ても「全然わからない」「よくわからない」の連続。手術後に失神してしまったことも。読んでいるだけで不安になってくる。揚げ句、素人知識でも尿管結石では?と想像できる容体なのに、隆治は「まったく思いつきもしていなかった」と呆然となる。

 作者が現役の外科医なだけに、リアルなエピソードなのかと思えば更に恐ろしい。いやいやいや、ちょっと「先生」しっかりして下さいよ!と涙目で叱咤したくなるほどだ。

 でも、だけど。誰よりも、その頼りなさに、未熟さに、泣きたくなる思いを抱いているのは隆治自身なのである。わからないことだらけなのに、命にかかわる救急医療に携わる重圧。初めての執刀。初めての看取り。物語は医師として歩み始めたばかりの隆治が、生と死に対峙し続ける姿を描いていく。

 知識はない。経験もない。無力である現実に打ちのめされ、幾度となく涙し、それでも医師という職業への強い思いと熱意を失わずに前を向く。その、ともすれば空回りしがちな青臭さは、けれど同時に、どんな読み手にも、ただがむしゃらだった「あの頃」を思い出させるだろう。これがしみじみと切ない。

 知識は「わからない」ことが「わかる」ことから深まっていく。最初から経験豊富な人などどこにもいない。作者にとって小説家としてはじめの一歩となる本書がこれからどんな道を拓くのか。楽しみは続いていく。

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 幻冬舎・1404円=8刷3万部。2月刊行。担当編集者によると、「医療関係者だけでなく、自身や身内が入院したなど、病院での体験に引き付けて読む人が多く、広がった」。=朝日新聞2019年8月10日掲載