―― 上野動物園のジャイアントパンダ、シャンシャンが生まれて早2年。順調に成長した今も相変わらずの人気ぶりで、パンダ園は連日、観覧のための行列ができているようだ。絵本の世界にも、多くの親子の人気を集める愛くるしいパンダがいる。いりやまさとしさんの「パンダたいそう」シリーズのパンダだ。『パンダ ともだちたいそう』と『パンダ なりきりたいそう』は、シャンシャンが生まれる前年の秋に出版された。
「パンダたいそう」シリーズの前にも僕は、2008年に『ころころパンダ』と『ゆらゆらパンダ』という赤ちゃん向けの絵本を出しているんです。
パンダは以前から、いつかは絵本で描きたいと思っていた動物でした。1972年に初来日したカンカンとランランのことは、今もよく覚えています。当時、僕の家の向かいに動物写真家の大高成元さんが住んでいて、カンカンとランランの秘蔵写真をたくさん見せてくださったんですよ。大高さんは、僕がバイトをしながらイラストレーターを目指していた頃、動物のカットの仕事をいろいろと振ってくださった方です。残念ながら、カンカンとランランの撮影には連れて行ってもらえなかったんですが、写真だけでもとにかくかわいくて、僕の中では特別な存在になりました。
ただパンダって、そのままで十分かわいいから、どちらかというとキャラクター化しにくいんですよね。他の動物を描く場合は、かわいらしく見えるようにデフォルメするんですが、パンダは丸い顔とか、ぽっちゃりと見える体型とか、すでにデフォルメする必要がないほどかわいいでしょう。それに白と黒という色合いも、絵本にするには少し地味。だから写真集はいろいろあっても、絵本はそれほどなかった気がします。最近はだいぶ増えてきましたけどね。
―― 『ころころパンダ』と『ゆらゆらパンダ』の刊行の直後、編集者との間には、次はパンダが体操をする絵本にしよう、というアイデアがすでにあったそうだ。パンダの体操と聞いて、いりやまさんが思い浮かべたのが組体操だった。
その頃、保育園に通っていた次男が、運動会で友達と組体操をしていて、その様子がとてもかわいかったんです。今、世の中的には組体操は問題になっていますが、保育園ではそれほど難しいことはしませんからね。子どもたちはみんな組体操が大好きで、一生懸命取り組んでいました。その姿を見ていて、パンダにも組体操をやらせたいなと思って。それで、2匹が背中を合わせて「おにぎり」、3匹がうしろで手を組んで「めがね」など、友達がどんどん増えていって様々な組体操をする『パンダ ともだちたいそう』ができあがりました。5匹が縦に並んで座って「いもむし」というのは、保育園で息子たちが喜んでやっていた組体操なんですよ。
最初は『ころころパンダ』と同じタッチで描いてみたんです。パステルという、チョークみたいな絵の具を粉状にして、ステンシル(型)を使って描くのが僕流の画法です。でもそのやり方だと、パンダの動きがなんだか硬くて、勢いが伝わらないように感じたんですね。パンダたちが元気いっぱい、生き生きと体操している絵にしたかったので、「パンダたいそう」シリーズについては、僕の絵本ではめずらしくステンシルは使わず、黒い色鉛筆で直に線を描くことにしました。パンダのふわふわ感は、質感のある紙を使うことで表現しています。
―― 複数のパンダが登場する『パンダ ともだちたいそう』に対して、『パンダ なりきりたいそう』は愛らしい子パンダが一人で体操をする絵本だ。「ぐーんと のびて チューリップのたいそう」「りょうてを よこに かたあし あげて ぐるんぐるん。こまのたいそう」など、パンダがいろんなものになりきりながら体操する姿を描いている。注目すべきポイントは、チューリップや駒にまでパンダならではの独特の目が描かれているところだ。
最初はチューリップやバナナ、駒など、パンダが体操でなりきるものの絵には目を描いていなかったんです。でもそろそろ完成という段階になってふと、目があった方がいいんじゃないかなと。よく漫画とかで、たぬきが化けると目だけがそのまま残っているじゃないですか。あのイメージです(笑)。
目はなくても十分成り立つので、最後まで入れるべきかどうか悩んだんですが、結果的には入れてよかったなと思っています。目を入れたことで、パンダがなりきっているのがわかりやすく伝わるようになったからです。
この絵本が出版された直後、絵本専門店でのイベントで、子どもたちを前に読み聞かせをしたことがあったんですね。そうしたら、僕は何の呼びかけもしていないのに、子どもたちがその場で絵本を真似て動き出したんです。「ころころ ころがる ボールのたいそう」のところでは、でんぐり返しまでしそうな勢いでした(笑)。大型商業施設のイベント広場で読み聞かせをしたときは、100人近い子どもたちがパンダのお面をつけて体操してくれて。みんながなりきってくれている様子がとてもかわいかったんですよ。
―― シリーズは他に、親子が一緒に楽しめる『パンダ おやこたいそう』、1から10まで順番に体を動かしていく『パンダ かぞえたいそう』がある。
絵本の読み聞かせをしていても、退屈してしまって、じっと聞いていられない子もいるでしょう。でもこの絵本は、体を動かすことをテーマにしているので、どんどん動き回ってOKなんです。親子で一緒に体操すれば、スキンシップにもなりますしね。
シリーズ最新作の『パンダ かぞえたいそう』では、1は「いちごのたいそう」、2は「にわとりのたいそう」、3は「サンタのたいそう」といった感じで、1から10までの体操を描きました。シリーズのこれまでの絵本は体操がひとつひとつ完結していたので、すべてを流れで覚えるのは難しかったんですね。でも『パンダ かぞえたいそう』は、数字と絡めて、いちご、にわとり、サンタ……と順番に覚えてもらえれば、絵本を見なくても体操ができるようになっています。体操そのものも、1の体操のあと、ほぼそのままの体勢で2の体操に入れるように、流れを意識して考えました。まさにラジオ体操の要領で、10までやると全身運動ができるんです。
僕としては、絵本を離れてもらって構わないので、この体操をもっと広く普及させたいなと思っています。
―― 「パンダたいそう」シリーズの人気は海を越え、フランスやイタリア、スペイン、中国、韓国、タイなどでも翻訳出版されている。
パンダって世界中で愛されているんですよね。それと、内容も直感的にわかるものだったから、海外でも受け入れやすかったんだと思います。フランスでは「パンダヨガ」、スペインでは「パンダサンバ」というタイトルで出版されているんだとか。ヨガとサンバって全然違いますけど、お国柄で捉え方も変わるんでしょうね。
中国語版のデザインは、漢字のタイトルも含めてすごくしっくりくる感じがしました。パンダを描くにあたって、中国の成都ジャイアントパンダ繁殖研究基地の動画もよく見させてもらっていたので、中国語版が出たときはお墨付きをもらったようでうれしかったです。
―― いりやまさんは、体を動かして楽しめるシンプルな絵本を作る一方で、子どもを勇気づけるようなお話の絵本も作っていきたいと考えている。
僕はいつも、子どもとの暮らしや遊びの中で得た実感をもとに絵本を作っているんですね。だから、まったくのファンタジーというのは作れなくて。子どもと一緒にいると、いろんな問題が起きるじゃないですか。そうすると仕事柄、つい客観視して、絵本の中でならどう解決するかを考えてしまうんです。それが僕のお話作りにつながっています。
僕の目下のテーマは、不安を抱えている子どもを勇気づけることができるような絵本です。読んだ子どもが共感して、自分もがんばろうと思えるような、そんな絵本を作れたらと思って、何冊か構想を練っているところ。いつかきちんと形にして世に出したいですね。