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歌人・高田ほのかの短歌で味わう少女マンガ 永田正実「ぽたぽたおちる」

いまを託す装置

人間は、いまを生きるのが苦手な生きものだ。
いまは、まさに“いま”つくられるものだから真空状態にある。
ゆえにどうしても記憶として形のある過去や、想像を映像化できる未来に気持ちを置きやすい。

平和ボケしている私たちは、何より貴重なはずの日常を“つまらない”の一言で片づける。
初デートの映画館で唾をのむことすらためらったいまの輝きが、 ソファーでいびきをぐうぐうかく日常にいつの間にかすり替わる。
そして過去を後悔し、未来を悲観するようになる。
日常は、いまの輝きには決して叶わない。
ああ…どうにかしていまに心を奪われてみたい。

いまに心を託す装置が必要だ。
競馬やパチンコなどで感じられる興奮は、いまに夢中になるのに最適な装置だ。
でもそれは、いけない。
わたしがそんなものにはまったら、会社員時代から少しずつ貯めてきた貯金は瞬く間に底をつき、35年ローンで買った新築マンションも即刻売りに出されるだろう。そうなればいつもは優しい夫も「お前とは離婚だ」と言い放ち、愛娘もわたしをさげすみ、愛犬ひなたもしっぽをふってくれなくなる… 一家離散だ。
そんな妄想で未来の家族への不安に襲われているときに出会ったのが永田先生の最新作、 『ぽたぽたおちる』だ。
別冊マーガレットで連載されていた『好きって言わせる方法』からはや6年。
先生のマンガを待ち焦がれていたわたしは、たまたま入った本屋さんで “ココハナ初登場!永田正実” の文字を見つけ、震えた。

『ぽたぽたおちる』の主人公はアラサー。恋人に振られ、過去に引きずられている状況だ。
そんなとき入ったカフェでハンドドリップのコーヒーに出会う。その味に感動した主人公はハンドドリップセットを衝動買いするが、なかなかうまく入れることができない。美味しい入れ方を検索したり本で勉強するなかで、その行為自体が、彼女にとって、いまに夢中になる装置として働きだす。

自分で淹れたコーヒーを両手で包み、「美味しい」と微笑むところでページは終わる。
コーヒーの香りに包まれたここには、いまが溢れている。

『ぽたぽたおちる』には主人公の名前もでてこない。これは先生からアラサー、アラフォー読者への「こんな風にいまを生きる方法もあるよ」というあたたかいメッセージだ。
その装置が、ハンドドリップで入れるコーヒーなのだ。

永田先生のマンガはどんなにつらい展開であっても、どのページからもじんわりとした優しさが伝わってくる。
それはさながら実家のお風呂のよう。
ページをめくるごとに、そのちょうどいい湯加減に心の芯まで温もってくる。
そして、読み終えたあとはお風呂あがりのようにさっぱりと前向きになっている。

それは、先生の根底に流れるあたたかさだと思う。
登場人物の表情はもとより、服のシワや、頬に射す斜線の濃淡、丸みを帯びた手書き文字やスクリーントーン…どれひとつをとってもわかる。
また、今回はまゆ毛をより太く、鼻の穴を若干しっかりちゃんと描いている。
時代時代に合わせ、いま最も好まれる絵柄や言葉を追求するのは並大抵のことではない。
先生はその覚悟をもって現場に戻ってこられた。

先生にとってのいまを託す装置は、やはりマンガを描くことなのだ。
先生、おかえりなさい。

「ぽたぽたおちる」©永田正実/集英社
「ぽたぽたおちる」©永田正実/集英社

傷ついた過去も包むよ ふくらんだ
“いま”がサーバーにぽたぽたおちる