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「人生半ば」のドラマを味わう 辛島デイヴィッド・早稲田大准教授

辛島デイヴィッドが薦める文庫この新刊!

  1. 『平凡』 角田光代著 新潮文庫 562円
  2. 『マチネの終わりに』 平野啓一郎著 文春文庫 918円
  3. 『アサイラム・ピース』 アンナ・カヴァン著 山田和子訳 ちくま文庫 929円

(1)は表紙の『平凡』という題名が読後により魅力的に見えてくる短編集。登場人物の多くは人生の折り返し地点が見えてきた30から40代。旅行、別れ、再会などをきっかけに、人生のパートナーに関する選択とその先にありえた「もうひとつの人生」に想像を巡らす。新たな伴侶を選ぶ者もいれば、昔の恋人や恋敵のもとに足を運んでしまう者も。でもそんな「悪趣味」な行動の先にも必ず発見や救いがある。

 (2)も人生半ばの「四十歳という、一種、独特の繊細な不安の年齢に差し掛かっていた」世界で活躍するギタリストとジャーナリストの恋愛を描いた長編。度重なるすれ違いは二人が「大人すぎる」がために起こるのでは。そう思いながら読み進めると、そこには仕事を究めていくなかでそれぞれ抱えた苦悩も作用していることが見えてくる。芸術、戦争、家族などについて交わされる対話には重みがあるが、常に背後にある二人のドラマも手伝い、ページをめくる手が止まらない。

 (3)は著者がアンナ・カヴァン名で発表した最初の小説集。一歩引いたところから(主に三人称で)療養施設の住人たちの日常が描かれる表題作の中編と、様々な不条理と葛藤する「私」の心の叫びが切実な13の短編が絶妙に響き合う。「無数の夢が渦巻いている。私にはもう何が本当で何が本当でないのか区別することができない」とは表題作の「私」の言葉だが、読者もいつの間にか似たような感覚にとらわれている。=朝日新聞2019年8月17日掲載